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労働判例を読む#428

【ユーコーコミュニティー従業員事件】
(横浜地相模原支判R4.2.10労判1268.68)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 本事案は、事件の詳細は分かりませんが、ハラスメントを受けたと主張する従業員Yに対して、会社Xが、損害賠償などの債務が存在しないことの確認を求めた事案です。多くの労働訴訟と異なり、会社が訴訟を提起したので、XとYが逆になっています。
 裁判所は、Xの請求を却下しました。そもそも訴訟をする資格がない、という判断であり、実際にハラスメントがあったかどうかなどについての判断は示されませんでした。

1.債務不存在確認の訴えの要件
 訴訟では、権利を主張し、相手による義務の履行を求めるのが一般的ですが、法律関係を確認するだけの訴訟も、それが紛争解決にとって意味があるならば、認められます。紛争解決に役立たない訴訟は、税金で運用されている訴訟制度を使うべき価値が無いからです。
 労働法の分野でも、例えば解雇や雇止めが無効である場合に、従業員の地位にあることの確認を求める訴訟を提起することが認められています。
 本事案は、従業員から苦情を受けている会社が、苦情の理由がそもそもないことを裁判で確定してしまいたい、そうすれば苦情も無くなるだろう、と考えて、確認訴訟を提起したのでしょう。債務の不存在を確認してしまえば、苦情の理由が無くなってしまうので、紛争解決に役立つはず、というのが会社の考えの背景にありそうです。実際、例えば暴力団やクレーマーから不当な請求を受けていて、街宣活動を行われたり(会社の前で会社を非難する罵声を浴びせる毎日が続く)、事務所に連日押しかけられたり、ネットで誹謗中傷されたり、という場合に、その根拠となる会社の責任(債務)について、存在しないことの確認を裁判所に求めることがあります。
 一般的に、従業員や労働組合を、このような暴力団やクレーマーと同列に扱っていいわけではありませんが、あまりにもひどい場合には同様の対応が必要な場合もあり得るでしょう。
 ところが裁判所は、Yがハラスメントの内容をあまり具体的に特定していなかったからなのでしょうか、どのようなハラスメントが損害賠償の根拠なのか、あまりはっきりさせられないまま、Xは訴訟を提起しました。すると裁判所は、「存否を確認し得る程度」に具体的でない、ということを理由に、Xの訴訟提起は違法である、と判断したのです。何年何月何日なのか、せめて何日ころだったのか、特定しなかったから、等という理由です。

2.実務上のポイント
 しかし、これではわざと曖昧なことを理由に不当な請求を繰り返す相手に対して、それを止めさせることができなくなってしまいます。刑事事件は、やはりハードルが高いし、民事訴訟は、「存否を確認し得る程度」に具体的でないと評価されてしまうからです。
 一般的に、不存在確認訴訟の場合の立証責任など、審理する際の構造は、普通に訴訟を提起する場合と同じはずです。例えば、交通事故の加害者が、事故による傷害の症状が固定しないという理由でいつまでも入退院を繰り返し、損害額を大きく膨らませているが、それが不当な場合を考えてみましょう。交通事故の加害者としては、どこかで損害賠償金を支払ってその責任を果たし、事件を終わりにしたいところですが、損害がいくらなのか加害者の側から証明することができず、「存否を確認し得る程度」に具体的でない、ということになるのでしょうか。
 このような事案で、東京高判H4.7.29判時1433.56は、加害者からの債務不存在確認訴訟を不適法とした1審を破棄して差し戻しました。被害者から損害賠償を請求する場合と同じ構造で審理されるから、というのが主な理由です。
 実際、例えばハラスメントを理由とする損害賠償をYが提起する場合を考えてみましょう。
 もしかしたら、例えば、上司などからいくつもの嫌がらせ行為を受け、そのストレスが蓄積していったためにメンタル問題が生じたような事案では、Y自身にとっても、数あるハラスメント行為を最初から特定することができず、訴訟での審理を通してそれが具体化していくかもしれません。けれどもそのような過程を通して、曖昧だったハラスメント行為が特定されていき、それぞれについてハラスメントに該当するかどうかの審理が可能となっていきます。
 ですから、事前の交渉の過程でYの示したハラスメント行為の例を手掛かりにハラスメントの有無を審理することは、Yが訴訟を提起した場合と同じ構造で審理が可能ですから、Yが訴訟を適する場合と同様、Xが訴訟を提起した場合にも同様に適法である、という評価も可能であるはずなのです。
 このように本判決は、もしこの判断が一般的なルールとなってしまうと、特に暴力団やクレーマーによる不当な要求から身を守る方法を制約してしまうことになる点で、問題があるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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