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労働判例を読む#441

【リクルートスタッフィング事件】(大阪高判R4.3.15労判1271.54)

※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、派遣労働者Xが、派遣先への移動に関し交通費を支給されなかったことが、これを支給される無期契約社員との間の不当な差別であり、同一労働同一賃金の原則に反し違法であるとして、雇用主である派遣元会社Yに対して損害賠償を請求した事案です。
 1審2審いずれも、旧労契法20条のルールを適用しつつ、結論として違法ではないとして、Xの請求を否定しましたが、理由が少し異なります。
 すなわち、旧労契法20条が適用される、総額ではなく個別の手当ごとに比較する、等の判断の基本となる部分の判断は同じですが、通勤手当の性質・趣旨・目的の評価について、Xの主張を受け入れた一方で、結論としては合理性を認め、1審を維持しました。

1.通勤手当の性質・趣旨・目的
 1審は、通勤手当について、通勤交通費の補填だけでなく、①通勤手当を受給する従業員にとっては、配転命令による就業場所の変更などがありうるので、配転命令を受けやすくする趣旨があり、②通勤手当を受給しない従業員にとっては、その分手当が高めに設定されているので、魅力的な労働条件として求人を可能にする趣旨がある、と認定しました。
 従前の多くの裁判例で、通勤手当=通勤交通費の補填←無期契約者と有期契約者で差がない、したがって、差を設けることは不合理(違法)、という判断をしているところから、Yでの通勤手当の有無の違いの合理性を説明するために、通勤手当=通勤交通費の補填、という議論の出発点自体を修正したように思われます。
 けれども2審は、このような技術的な評価をしませんでした。通勤手当=通勤交通費の補填、という部分は、他の裁判例と同様にシンプルにこれを肯定したのです。
 その理由として2審は、派遣従業員にも配置転換の可能性があることを指摘していますが、それ以外にも、派遣従業員の給与体系が変遷する過程で、通勤手当が支給される場合とされない場合があるなど、①②で全てが説明できず、全てに共通して説明できるのは「通勤交通費の補填」という性質・趣旨・目的だけだった、という理由もあるように思われます。
 いずれにしろ、このように通勤手当=通勤交通費の補填となると、多くの裁判例が、無期契約者と有期契約者で差を設けることが合理的でない、と判断しているように、この事案でも合理性を認めにくくなるようにも見えます。
 しかし、それでも2審は合理性を認めました。通勤手当の性質・趣旨・目的の違いに合理性の根拠の一部を求めることをせずとも、すなわち同じように通期手当=通勤交通費の補填であっても、他の事案と異なり、差を設けることが合理的であると判断したのです。

2.合理性
 したがって、同じように通勤手当=通勤交通費の補填であっても、合理性が否定されてきた過去の多くの裁判例とこの判決の違いが問題となります。
 この点は、多くの部分が1審判決と同じ理由です。
 すなわち、条文の記載どおり、❶職務の内容、❷変更の範囲(職務の内容と配置の変更の範囲)、❸その他の事情の3点が判断枠組みとなります。
 そして、派遣従業員は通勤手当が支給されないことを前提に仕事を選んでいることを前提に、❶❷について、派遣従業員と無期契約社員の間で大きく異なること、が認定されています。さらに❸について、2審ではより詳細な判断が追加されていますが、派遣従業員に通勤手当が支給されなくなったときに、派遣時給が引き上げられ、大きな減額が無かった(職場に近い場合には増額になる)、逆に通勤手当が支給されるようになったときには派遣時給は引き下げられなかったこと、などが指摘されています。
 2審で新たに追加された判断は、1審での議論をさらに掘り下げるものが多く、1審での判断を大きく変えるものではありません。1審と同様、派遣先の会社の指示する業務を担う派遣従業員と、派遣会社の運営に関する業務を担う無期契約社員とでは、❶❷が大きく異なることから、通勤手当を含む処遇条件が大きく異なることの合理性が、より認められやすい状況にあった、と評価できます。

3.実務上のポイント
 旧労契法20条は、現在、パート法8条・9条となっており、特にパート法8条は条文の体裁も同様ですから、ここでの判断はパート法の下でも参考になります。
 この事案は、派遣会社内部での処遇の違いが問題となり、派遣従業員と無期契約社員の違いが非常に明確でしたから、合理性は比較的容易に認められる事案です。特に、数多くの裁判例で通勤手当の支給・不支給の区別の合理性が否定されている中で、1審2審によって合理性が認められる場合が示されたことから、どのような場合にそれが認められるのか、制度設計の参考になるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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