労働判例を読む#195

【国立研究開発法人理化学研究所事件】東京高裁H30.10.24判決(労判1221.89)
(2020.10.30初掲載)

 この事案は、日本の研究所Yで使用され、研究者(当初)として約10年勤務するXが、日本で雇用継続されずに、中国の事務所長として雇用された事案です。Xは、Yの中国での雇用契約に関し、1年で更新しないこととしましたが、Yがこれに抵抗したことから、Xが雇用契約の不存在の確認などを求めて、日本で訴訟を提起しました。
 裁判所は、日本の労働法が適用されるとして、日本の労働契約法などの規定に基づき、Xの請求を認めました。なお、ここでは主にXY間の雇用契約について検討します。

1.国際私法

 この事案では、最初に、どこの国の法律が適用されるのか、という国際私法の問題があり、次に、その国の法律によってXY間の雇用契約があるかどうか、が問題になります。
 このうち国際私法は、「国際」私法だからと言って世界で共通の網羅的なルールがあるわけではなく、国家間で合意して定められる網羅的な条約もありません。各国が、適用される法(準拠法)を選択決定するルールを、それぞれの国内的なルールとして独自に定めています。国際私法、という名称のほか、抵触法、適用法選択法、等の名称もあり、日本では「法の適用に関する通則法」という名称の法律が、国際私法の一般的なルールを定めています。
 国際私法の理想は、どこの国で裁判が起こされても、適用される法律が同じ法律になることです。実際、国際私法のルールがかなり共通化してきているため、そうなる場面が増えてきています。例えば、日本でも条約(国際私法の限られた一部について、共通のルールを定めた条約が存在します)を国内法化したものとして、「遺言の方式の準拠法に関する法律」や「扶養義務の準拠法に関する法律」があります。
 しかし、英米法では判例法が法源であり、国際私法の専門家でなければかなり難しい状況ですし、大陸法では国際私法が網羅的に整備されていないところも多い状況です。しかも、法を選択する基準やルールが統一されていない領域も多いため、まだ世界的に統一された状況になっていません。
 さて、日本の「通則法」では、雇用契約に適用される法律を選択決定するルールについて、次のような2段構えのルールになっています。
 1つ目は、通則法7条です。
 これは、契約当事者が指定する国の法律にする、というルールです。
 国際的な契約で、「準拠法」としてニューヨーク州法が指定される、等の条項を見たことのある人がいるかもしれませんが、この条項は、おそらく国際私法のルールで、日本であれば通則法7条によって有効とされるべきものです。
 この事案では、XY間に、準拠法に関する明確な規定はありませんが、日本で締結されたこと、勤務条件は日本で定めた規則に従うとされていること、研究者としてでなく事務長になり、しかも勤務地を中国に変更する際に、準拠法を変更する合意がないこと、などから日本法を準拠法にするという合意があった、と判断しました。
 2つ目は、通則法12条です。
 これは、労働契約に関し「最も密接な関係」がある地の強行規定が適用されうる、そして、労務提供地がこの「最も密接な関係」がある地と推定される、などと定められています。
 例えば、日本の労働法で言えば、労働時間の規制など、労働基準法に定められたルールの多くは、当事者がどのように合意しようが、これに反する合意は全て無効となり、場合によっては会社が刑罰を与えられます。多くの労働基準法の規定は、明らかに強行規定です。
 では、雇用継続に対する期待(労契法19条)や、仮にこれが認められた場合に問題となる解雇権濫用の法理(労契法16条)は、強行規定でしょうか。罰則などがあるわけではないので、強行規定でないようにも見えますが、当事者の意思に基づく合意や行為であってもその効果が制限されますので、強行規定であるようにも見えます。
 判決は、通則法12条が適用されても、労務提供地である中国ではなく日本が「最も密接な関係」がある地、として日本法が選択適用される、と認定しました。労契法16条や19条が、通則法12条の「強行規定」かどうかにかかわらず、結局、日本法が選択適用されるので、この点をあえて検討するまでもない、ということでしょう。つまり、労契法16条や19条が強行規定かどうかについての判断を回避しているのです。
 このように、2段階のルールがあるのですが、そのいずれについても日本法が選択適用される、として日本法を選択適用したのです。

2.更新拒絶(判断枠組み)

 そうすると、更新拒絶の有効性は日本法に基づいて判断されることになります。
 まず、ここで適用されるルールが明らかにされる必要がありますが、労契法19条の規定は、1号と2号でどのような場合に「更新の期待」が発生するかを定めていますが、それだけでは依然として抽象的で曖昧です。すなわち、1号が示す基準は無期契約と「社会通念上同視できる」ことであり、2号が示す基準は更新の期待があること(厳密には、「更新されるものと期待することについて合理的な理由がある」こと)ですが、いずれも評価を伴う抽象的な概念です。しかも、両者を裏付ける具体的な事実は何か、を考えていくと、両者の内容は重なっていき、具体的な違いが判らなくなってしまいます。
 たしかに、過去の裁判例の中には、1号と2号を使い分けようとしていた裁判例も見受けられます。
 しかし、この判決は1号と2号の違いに言及しないどころか、1号や2号を引用することもせず、「雇用継続に対する労働者の期待」の「合理性」の有無を問題としています。1号と2号の区別は重要な問題ではなく、結局、更新の期待があるかどうかが問題なのです。
 むしろ、重要なのは、どのような具体的事実があれば、更新の期待が認定されるか、という点ですが、この判決は、以下のような判断枠組みを示しています。
 すなわち、a)更新条件の内容、b)同種労働者の雇用継続の実績、c)期待を抱かせる使用者の言動、d)契約更新の回数、e)継続雇用期間、f)業務内容(業務の永続性)、g)その他、を判断枠組みとして示しています。

3.更新拒絶(あてはめ)

 具体的にこの事案では、Yは研究者として約10年、有期契約が更新されてきたうえで、最後に、3年間の中国の研究所の事務長としての有期契約を締結しました。
 そのうえで、具体的な事実を認定したうえで、a)更新されない、という条件でYも合意したこと、b)Y同様の契約事務職員の更新実績がないこと、c)期待を抱かせるXの言動はないこと、d)研究者としては更新が約10回になっているが、事務職員としては更新歴がないこと、e)継続雇用期間は10年余だが、研究者と事務職員はその内容が異なること、f)事務所長の業務自体には永続性があるが、国からの交付金を得るために定年制(無期)職員数に制約があり、継続性ある業務を有期社員に行わせることはやむを得ないこと、などを指摘しています。
 このように見ると、形式上はルール(判断枠組み)が先に示され、そこに事実があてはめられていることになっていますが、実際は、更新の期待に対して消極的な事実が認定され、その事実を抽象化した概念が「判断枠組み」とされているのでしょう。Yを救うかどうか、様々な事実を分析して結論が出され、そこから逆算して判断枠組みが設定された、というのが実際の思考プロセスと思われます。
 むしろ重要なのは、XとYのバランスが比較考量されたであろう判断構造です。
 つまり、Xとしては、更新されないことを繰り返し説明し、契約形態も変え、(おそらく)最後のチャンスとして中国の事務局長の機会を与えたのに対し、Yとしては、たしかに10年余り継続勤務し、日本にも帰化していた者の、(おそらく)研究者としてだけでなく、中国の事務局長としても十分な貢献ができなかった、という比較考量が先行して行われているように思われます。
 このように、従業員側と会社側の事情を比較し、プロセスなどのその他の事情も合わせて考慮する、というバランスのとり方は、労働法の様々な場面で見られる判断方法です。

4.実務上のポイント

 通則法12条に関し、裁判所は、密接関係地法として、結局日本を選択しています。
 けれども、通則法7条の密接関係地法とは、判断する際の視点が異なります。すなわち、7条の場合には当事者が希望する法はどれか、という視点になりますが、通則法12条の場合には国家的・社会的な要請(公序、社会秩序)に関連する法はどれか、という視点になります。特にここでは、労働法が問題となり、従業員を雇用主から守り、その生活を維持確保するために適切なルールはどこの法か、という視点になります。
 このような視点に立った場合、Yが労務を提供し、生活している場所である中国の法律の方が、より適切である、という評価も十分あり得るところです。この判決には、主に国際私法の観点から検討した論文が労働判例に掲載されていますので(同1221.130)、そちらも参考にしてください。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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