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労働判例を読む#473

【REI元従業員事件】(東京地判R4.5.13労判1278.20)

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、翻訳業務経験があり、システムエンジニアとして勤務していた中国人従業員Yが、退職後に会社Xと締結した守秘義務契約のうちの競業避止義務に違反して、Xの取引先で勤務していたことから、契約に基づいて3か月分の給与に相当する損害賠償を請求した事案です。
 裁判所は、Xの請求を否定し、逆に、Yに対する未払賃金の支払いを命じました。

1.契約の有効性
 Yは日本語の理解が十分でなかった、などという理由で、合意が成立していない、無効である、と主張しています。
 しかし裁判所は、Yが日本の大学で心理学を学び、翻訳の仕事をしていた経歴、契約文言の平易性、退職後の合意であって、XY間に上下関係がないこと、既にYが転職していた状況にあったこと(競業避止の内容を具体的に理解すべき状況にあった、という意味でしょう)、などを根拠に、合意が有効だった、と評価しました。
 日本語能力を鑑定したわけではありませんが、当時の状況などを踏まえてYの理解の程度を認定しており、語学力や理解力をどのような方法で判断するのか、参考になります。

2.競業避止義務違反
 まず規範(適用されるルール)です。
 合意だから全て無制限の拘束力があるのではなく、制限されています。すなわち、原則ルールとしては、合意のとおり競業避止義務が発生します(Yは転職の機会を制限されます)が、例外ルールとしては、競業避止義務が発生しません(Yは転職の機会を制限されません)。
 どのような場合に例外ルールが適用されるのか、という基準が問題になりますが、裁判所は、①競業避止義務によって「守られるべき使用者(X)の利益」、②「従業員(Y)の不利益の内容及び程度」、③「代償措置の有無及び内容」、④その他、を⑤「総合考慮」し、⑥その制限が「必要かつ合理的な範囲を超える場合」には、無効になる、という基準を示しました。
 そのうえで、①(Yの職務内容等を詳細に検証)開発担当のシステムエンジニアに競業避止義務を課す合理性がないこと、②職種や地域の限定がなく、転職を禁じられるYの不利益が大きいこと、③給与と交通費しか支給されておらず、転職を制限される代償が無いこと、④禁止期間が1年に限定されているにしても、⑤全体としてみると、⑥必要かつ合理的な範囲を超える、と評価しました。
 あわせて、同様の理由から、Yは違法な競業を行っていない、したがって公序良俗にも違反しない、と評価しています。

3.実務上のポイント
 上記1で、裁判所が、退職後の合意である点を指摘している点は、この事案に特徴的なポイントでしょう。在職中に競業避止義務を約束した場合よりも、意思決定の際の自由度が高い、ということでしょう。したがって、退職後の合意である点は、合意の有効性を認める方向で働く事情と評価できます。
 けれども、これがどれだけ重要な意味を持つのかは明らかではありません。これが決定的な理由になったとは思われませんが、仮に本事案で、競業避止義務が退職前に合意された場合、結論が逆になるほどのものだったでしょうか。
 今後、退職後に競業避止義務が合意された、本事案と同様の事案が生じた場合、どのように評価されるのか、注目されます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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