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労働判例を読む#546

※ 元司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例
【国・むつ労基署長(検査開発)事件】(東京地判R5.1.26労判1297.136)

 この事案は、放射線管理業務に従事していた高齢の従業員Xが、❶うつ病に罹患したのは業務に因るとして労災申請をしたところ、❷労基署Yがこれを却下した(R2.10.26)ため、❸労災補償保険審査官にこの見直しを求める審査請求をした(R3.4.30)ところ、❹労審法8条1項の定める期間(3ケ月)を経過した後の審査請求であって不適法であるとして、これを却下しました。
 Xは、3ケ月を経過しても審査請求できる例外的な場合(同項ただし書の「正当な理由」が存在する場合)に該当し、さらに、業務に因る障害である、として、❺保険金の支払いを求める訴訟を提起しました。
 ❻裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.ルール
 あまり馴染みのないルールが適用されていますので、まず、ルールを整理しましょう。
 まず、プロセスです。
 ❶ 労基署に労災保険金の給付を請求します。
 ❷ 労基署が、保険金を支払うかどうかを判断します。
 ❸ これに不満があるときは、労災補償保険審査官に審査を請求できます。
 ❹ 労災補償保険審査官が、保険金を支払うかどうかを判断します。
 ❺ これに不満があるときは、労災保険金の支払いを請求できます。
 ❻ 裁判所が、保険金を支払うかどうかを判断します。
 次に、請求期間に関するルールです。
 まず、原則ルールです。
 ❸の提起が、❷を知った時から3ケ月以内でなければなりません。これに反すれば、不適法となり却下されます(❹)。
 これには例外ルールがあります。
 すなわち、3ケ月を徒過したことに「正当な理由」があれば、適法となります。この場合、次に、労災に該当するかどうか、例えば、業務に因る障害かどうか、が検討されます。
 ここで、❹の段階で、本審査官は「正当な理由」がない、と判断したため、審査請求を却下しました。審査請求が不適法となりますから、本審査官は、労災に該当するかどうかについて判断をしていないようです。
 そこで、❻の段階で、❹の判断が適切だったかどうかを裁判官が検証することとなったため、裁判官も改めて「正当な理由」があるかどうかを、審査しました。その結果、❹と同様、「正当な理由」がない、という結論に達したため、裁判官は、❹の判断を維持し、Xの請求を否定したのです。ここでも、裁判所は、労災に該当するかどうかについて判断をしていません。

2.正当な理由
 問題は、「正当な理由」の有無です。
 正当な理由を裏付けるものとしてXが主張する事実は、以下のとおりです。
・ Xは、76歳という高齢である。
・ Xは、法律に疎遠な素人である。
・ Xは、処分の通知を受けたとき(❷)に弁護士などに相談しなかった。
・ Xが12月にFAXでYに対し❸の期限を問い合わせたが、Yから回答がなかった。
・ Xは、詳細を把握してから❸の審査請求しようと考えて❶の処分の理由を問い合わせたところ、Yからの回答がR3.2.19だった(3ケ月を徒過していた)。

 これに対して裁判所は、以下のようにXの主張を否定しました。
 まず、次のような判断枠組みを示しました。
・ 請求者の主観的事情ではなく客観的事情によって判断される。
・ その際、「審査請求しようとしてもこれが不可能」であるかどうかで判断する。
 次に、これに該当すべき事実として、次のように指摘しました。
・ ❷の通知書に、3ケ月が期限である旨が明記されていた。素人で、弁護士に相談できなくても、理解できる。
・ Yは、12.23付け文書で回答した。
・ ❸には、詳細な理由が不要であり、これがないと「適切な意義のある審査請求を行うことは困難であるとの原告の考え」は、「主観的な事情」にすぎず、「客観的な事情」ではない。

 特に、客観的事情に基づいて判断する、という判断枠組みは、Xのように法的な判断を的確に行うことが難しいと思われる者にとっては、しかもその期限が3ケ月しかありませんので、非常に厳しいようにも見えます。
 けれども、審査請求者が、Xと同様の主張をしたり、何らかの意味で❷の通知書の内容を誤解した、読む機会がなかった、等と主張したりした場合、これと異なる認識・意識だったことを相手方が証明することは困難です。したがって、主観的事情に基づいて判断することを認めてしまうと、法律の定めた期限が無意味になってしまう可能性があると言えるでしょう。
 3ケ月という期間が相当かどうかは、ルールの在り方の問題として議論されるべき問題であり、無理な解釈によってこれを骨抜きにすることは、ルールの在り方として合理的とは思われませんから、裁判所の判断はこれでやむを得ないものと言えるでしょう。

3.実務上のポイント
 裁判例としては、あまり見かけない論点への判断が示されましたが、労基署の判断に不満のある者が再審査請求を断念してしまう例は、実際には、相当数あるかもしれません。ルール自体の合理性やあり方について、考えさせる事例です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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