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労働判例を読む#377

今日の労働判例
【社会福祉法人希望の丘事件】(広島地判R3.11.30労判1257.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、介護施設などを経営する法人Yで勤務するXが、就業規則に基づいて昇格・昇給しているはずである、などとして給与の差額の支払いなどを求めた事案です。裁判所はXの請求の一部を認めました。

1.昇格・昇給の認定
 この事件で特に注目されるのは、Xが昇格・昇給していることを認めた点です。
 なぜこれが注目されるかというと、①昇給や配置転換などは、会社に広い裁量が認められており、会社が「このように判断していたはず」という認定が考えにくいこと、②裁量権の限界についても、例えば配置転換したことの無効や、減給したことの無効等であれば、裁量権の濫用・人事権の濫用として、配置転換前や減給前の状態に戻すことが可能(基準がはっきりしている)ですが、昇格の場合などは、どの程度が適切なのかを判断する基準が考えにくいこと、などから、昇格していた、という認定が難しいからです。特に②については、会社が何か余計なことをやってしまった、という会社の不当な作為を是正することは比較的容易だが、会社が何かすべきこと(ここでは昇格・昇給)をやらなかった、という会社の不当な不作為を是正することは難しい、と整理できます。
 この点、本判例で裁判所は、まず、①当然に昇格請求権が生じるとはいえない、と認めています。基準に該当すればそれだけで当然に昇格するような人事制度は、なかなかないでしょうから、この点の指摘は合理的です。
 けれども、②実際には昇格を認め、それに伴い昇給も認めました。Yの就業規則で定められる人事制度が、昇格・昇給に関して、それ自体が定型的で、該当すると判断した場合にはその内容が一義的に定まることから、昇格・昇給の結果を特定することができたのです。
 とはいうものの、これだけで昇格・昇給を認めるわけにはいきません。①で、会社の裁量を認めており、会社が自身の判断でXを昇格・昇給させた、というロジックは使えないはずです。
 そこで裁判所は、③「自己矛盾」という表現を使い、一般に禁反言則と言われるルールと同様の考えに基づいて、Xの昇格・昇給を認めました。
 すなわち、❶Xに与えられる業務や責任が順調に上がっていっている点や、それがYにとって比較的重要な業務である点を指摘して、これはXの職務経験や資格を評価したうえでのものと評価しています。他方、❷Xの問題行動などは認定できず、むしろXを配置転換などせずにそのまま同じ業務を与え続けていた点を指摘しています。❸そのうえで、❶❷から、YはXを昇格・昇給に見合った業務を与えてきたのに、Xからの昇格・昇給の要求を拒むことは「自己矛盾」であるとして、昇格・昇給を認めたのです。
 このように、①会社が昇格をさせたのではなく、③会社は昇格させていないと主張できない、という禁反言則にも似た「自己矛盾」という理由、あるいは消極的な理由によって、昇格・昇給を認定しました。
 ②会社の作為ではなく不作為を是正した事例として、注目されるのです。

2.実務上のポイント
 会社の不作為を不合理とするために、本判決は上記②③を手掛かりとしました。すなわち、②会社がすべきこと(作為義務)の内容が一義的に決まることと、③そうしなかった不作為が不合理であること(ここでは「自己矛盾」又は禁反言則)が揃ったことで、不作為が不合理とされたのです。
 会社の不作為が不合理とされる事案、しかも本判決のように具体的な請求権が認められる事案は、あまり見かけませんが、会社の処遇に関するトラブルを解決する方法の一つとして、今後、どのように展開していくのか注目されます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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