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労働判例を読む#508

※ 司法試験考査委員(労働法)

【JR東海(年休)事件】(東京地判R5.3.27労判1288.18)

 この事案は、東海道新幹線の乗務員(運転手、車掌)達Xらが、年休を思い通りに取得できなかったことが違法であるとして、JR東海Yを相手に争った事案で、裁判所は、Xらの請求の一部を認容し、Xら個別事情に応じて3万円~20万円の損害賠償を命じました。

1.年休決定のプロセスと、担当者のミス
 東海道新幹線は、臨時列車なども含め一日約300本~約430本運行され、意外と変動が大きく、早朝から深夜まで時間帯も広いことから、乗務員の勤務時間は1ヶ月単位の変形労働時間制によって管理されていました。毎月のシフトを決める際に、年休も合わせて決めることとなっており、①前月10日までに、シフトの案が示され、②20日までに年休の希望を提出させ、③25日までに勤務表を確定させ、④実際の勤務日の5日前に具体的な業務内容(特に、予備担当者の業務内容など)を確定させる、というプロセスを踏んでいました。年休の希望に関し、例えば冠婚葬祭目的の場合を優先させるなどのルールに基づいて、割り当てを行い、Yなりに公平性を確保するための工夫がされていますが、それでも全ての乗務員が納得する運用はできなかったのです。
 実際、Xらのうちの1名については、年休希望の届出の処理をしなかったというミスがあり、この点は違法であると評価されました。
 けれども、このように乗務員全体について、シフト自体の決定と年休の決定を、乗務員全体について一体として処理するプロセス自体については、様々なプロセス構造上・運用上の問題が議論されましたが、多くの部分で、一般的に合理性が認められました。
 すなわち、Xらに対して、年休申込みを、個別ではなく「年休申込簿」に記載する方法で申請させる点や、Yが年休の決定を上記④のプロセスで示すことや、本来の休日の指定を優先させて、本来の休日となった日については年休指定がなかった、という扱いにすることや、上記プロセスを通してYによる時季変更権の行使が行われているという状況それ自体について、違法性はない、と裁判所は評価したのです。

2.制度設計上の問題
 けれども、特に上記④のプロセスに関し、一律に勤務日5日前まで時季変更権行使の可能性が残されている点について、裁判所は違法である、と評価しました。
 これは、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限って時季変更権が行使できる、とする労基法39条5項但し書の規定と、これが具体的には、時季変更権の行使には「客観的・合理的な理由」があり、「社会通念上相当」で、「権利の濫用」にならないことが必要という解釈と、そのための判断枠組みとして示された「労働者の担当業務、能力、経験及び職位等並びに使用者の規模、業種、業態、代替要員の確保可能性、使用者における時季変更権行使の実情及びその要否」などの諸般の事情を「総合考慮」する、という規範に基づいて出された結論です。
 裁判所は、Yの経営上の事情に対しても理解は示していますから、勤務日5日前まで、全員が未確定な状況にあることが問題なのであって、改善すれば適法となる余地があるように見えますが、公平性を確保し、乗務員への業務配分の一体的・統一的な運用を確保する要請を維持しつつ、個別の配慮を行う制度の設計と運用のためには、Yの制度変更も含め、かなり工夫が必要でしょう。
 また、裁判所は他の部分で、Yが年休の割当てについて相当の配慮をしていると評価しています。
 この点は、同じ労基法39条5項但し書の判断に関し、具体的には「使用者としての通常の配慮」があれば違法ではない、という解釈を示し、この規範に基づいて出された結論です。そして、これら2つの論点で、結論が逆となったのです。
 論点の違いから、光を当てるポイントが異なる、ということでしょうが、このような異なる規範が用いられている理由は、それぞれが既に示された最高裁判決に基づいている、ということの他明確に示されておらず、果たして規範を異にすることの合理性があるのか、むしろ両者とも同じ規範を用いるべきだったのではないか、等の点について、今後議論が深まることが期待されます。

3.人員不足
 さらに注目されるのは、同じ労基法39条5項但し書に関し、「恒常的な要員不足の状態にあり、常時、代替要員の確保が困難である場合」には、時季変更権を行使できない、という解釈が示され、これに基づく検討の結果、時季変更権の行使が違法、と評価されている点です。
 この解釈の理由について、明確に説明されていませんが、従業員の年休取得権を確保するのが会社の義務であり、それを確保できない状況にあること自体が、義務違反である、というような趣旨の判断が前提になっているのでしょうか。
 けれども問題は、一般論としてそのような義務があるとしても、その義務を果たしたかどうかを判断する基準として見た場合には、上記2の後半で指摘したような「使用者としての通常の配慮」かどうか、という基準を採用することも、理論的には成り立つように思われます。特に、新幹線の運転手は、免許が必要であるなど、簡単に育成・確保できませんので、裁判所が示したような厳しい基準によると、運転手を十分確保するまで、Yはシフトを組めない、ということになりかねません。あるいは、待機すべき業務を多く設定するなどの対応があるかもしれませんが、そうすると交替が発生しないのに業務と位置付けられる日が全体的に増加してしまい、従業員の取得可能な休日が逆に減ってしまったり、人件費が増加しすぎたりしてしまいます。
 たしかに、人員不足は個別従業員の責任ではなく、その影響を従業員にしわ寄せするようなことは好ましくない、という価値判断は理解できますが、逆に、そのことの不都合が全て経営者の負担となるようなルールも、バランスを失するように思われます。

4.実務上のポイント
 年休の取得が、シフトの設定と複雑に絡み合っているため、管理や運営の観点から、会社側に十分な配慮が求められる、ということでもあります。
 この判決で回答が示されたわけではありませんが、考慮すべきポイントが、かなり明確になってきました。シフト制に関し、制度設計や運用の観点から、年休にも配慮して、合理性を検証する機会になるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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