労働判例を読む#268

【日本通運事件】東地判R2.10.1(労判1236.16)
(2021.7.2初掲載)

YouTubeで3分解説!
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 この事案は、5年10か月・7回契約更新してきた有期契約社員Xが、会社Yによる更新拒絶を無効と主張した事案で、裁判所はXの請求を否定しました。

1.労契法19条1号と2号
 更新の期待に関する労契法19条1号と2号については、それぞれの適用範囲や関係、判断枠組みについてはっきりしていませんでしたが、徐々にはっきりしてきたようです。
 この判決は、1号と2号それぞれについて、その制定の経緯に遡って判断枠組みを明示しました。
 このうち1号は、この元となった最高裁判決(東芝柳町工場事件、最一判S49.7.22労判206.77)を引用し、①厳密な更新処理がされているか、②多数回更新されたか、③他の雇止めの実績があるか、などの事情から、④格別の意思表示がなければ当然更新されるという両当事者の意思が認められ、それによって⑤無期契約と実質的に異ならない状態である場合、と判断枠組みを示しています。
 そのうえで、5年10か月・7回更新とはいうものの、毎回、必ず契約書が作成されていること、契約日前日に契約書を読み上げて意思確認していること、から④更新処理が形骸化しておらず、格別の意思表示がなければ当然更新されるという意思が認められない、と認定しました。
 次に2号も、この元となった最高裁判決(日立メディコ事件、最一判S61.12.4労判486.6)を引用し、①当該雇用の臨時性・常用性、②更新の回数、③雇用の通算期間、④契約期間管理の状況、⑤雇用継続の期待をもたせる使用者の言動の有無、などを考慮要素の具体例として列挙し、⑥総合判断して、更新の期待の有無を評価するという判断枠組みを示しています。
 そのうえで、②③は上記のとおり複数回・数年に亘る更新がなされたものの、いずれの契約書にも取引先Cの業務を担当すること、Cの業務が無くなれば更新されないことが明記され、実際にそのように繰り返し説明されていること、その後Cの業務が無くなることが明らかになったため、Cの業務の終期までの2ヶ月という異例の期間で契約更新されたこと、などから、それまでに生じていた更新の期待が、「打ち消されてしまった」と評価されています。
 このように、労契法19条1号と2号のいずれにも該当しない、と評価されました。そのため裁判所は、同条本文の不更新の合理性の検討をすることもなく、Xの請求を否定したのです。

2.自由な意思
 ここで特に注目されるのは、自由な意思です。
 すなわち、上記判断の中で裁判所は、更新しないという文言の入った雇用契約書に署名したことによって、更新の期待を自ら権利放棄したというYの主張に対して、権利放棄とは認められないという評価を下しています。
 そこでは、山梨県民信組事件の最高裁判決(最二判H28.2.19労判1136.6)を引用し、更新の期待の権利放棄が有効となるのは「自由な意思に基づいてされたものと認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限(る)」という規範を立てました。いわゆる「自由な意思」であり、「自由な意思」「合理性」「客観性」の3つが重要な要素となります。
 この「自由な意思」が適用されるのはどのような場合か、という適用範囲やその理由について必ずしも明確でありませんでしたが、この判決の中で裁判所は、1つヒントになることを示しています。
 すなわち、この事案でXは、更新の期待の放棄を認める書面にサインして次の段階で契約を終了させるか、サインを拒否してこの段階で契約を終了させるか、という二者択一を迫られており、このような状況で迫られる判断は、「労働者の自由な意思に基づくものか一般的に疑問があ(る)」としています。すなわち、いずれにしろ契約が終了する選択肢しかない中で二者択一を迫られるような状況では、自由な意思に基づいた判断とは思われない状況にあるため、自由な意思に基づいた判断であることを特に確認することが必要、という論法のように思われます。
 そのうえで裁判所は、上司が不更新の場合の効果を説明しておらず、Xも自ら不更新に対して異議を述べている点を指摘し、自由な意思に基づく権利放棄を否定しています。
 「自由な意思」の適用範囲について、強行法によって守られている権利を放棄する場合に適用されるという考え方も示されていました。この判決もこれに近い考え方です。けれども、強行法によって守られている権利であってもそれだけで当然に「自由な意思」が適用されるのではなく、自由な意思に基づいた判断が疑われる状況下での判断である、ということも必要と思われますので、「自由な意思」の適用範囲についてその分狭くなると考えられます。

3.実務上のポイント
 更新しない、という合意は、有期契約の無期転換を回避するために行われる場合が見かけられます。そして、この合意の効力を否定された判決も多く見られます。上記のとおり、労契法19条1号と2号は、いずれも契約に関する諸事情を考慮して判断するものであり、更新の期待を有すべき従業員の意思だけで決まらない構造になっていますから、この合意だけで更新の期待が決まらないのです。
 それでも、更新拒絶が有効になる場合があることを示した点に、この判決の意味があります。
 さらに、そのための2つの理論構成(労契法19条不適用、自由な意思による権利放棄)の両方を検討しており、それぞれの条件が示されています。この事案では、自由な意思による権利放棄は認められないが、更新の期待は打ち消された、ということになります。
 自由な意思による権利放棄は、従業員の意思だけで結論を出すことになるのに対し、更新の期待は、諸事情を考慮することで、特に会社側と従業員側の利害を調整することが可能な構造になっていることから、後者の方が柔軟な判断ができる、ということでしょうか。あるいは、Xが不更新に対して明確に異議を述べていたことから、自由な意思を認めるわけにはいかなかったのかもしれません。
 けれどもこれに対しては、自由な意思による権利放棄についても、従業員の判断の「自由な意思」「合理性」「客観性」、特に「合理性」「客観性」について諸事情が考慮されるべきところであり、構造的な違いは実質的に大きくない、という反論も可能と思われます。Xが明確に異論を述べていなかった場合を考えてみると、両者の結論が同じになる可能性が高くなる、という見方もできそうです。
 今後、この2つの理論構成の適用範囲に関する事例が積み重なることによって、それぞれの適用範囲が明確になっていくことが、実務にとって重要なポイントになります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。


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