労働判例を読む#314

今日の労働判例
【日東電工事件】(大阪地判R3.1.27労判1244.40)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、包装材料、半導体関連素材、光学フィルム等の製造を行う会社Yで、生産技術開発業務を担当していた従業員Xが、趣味であるオフロードバイク競技の練習中の事故で頸椎損傷等の傷害を負い、下肢完全麻痺などの後遺障害が残ったところ、車椅子での勤務が可能などの理由で休職からの復職を求めたものの、Yがこれに反して復職を認めず、退職扱いとしたものです。
 裁判所も、Xの復職の請求を否定しました。

1.判断枠組み
 裁判所は、片山組事件で最高裁判決(H10.4.9労判736.15)が示した判断枠組みを踏襲しています。そのポイントは、①従前の職務を通常程度に行える状態に回復した場合か、②職種限定などが無い場合で、現実的に配置可能で本人も受け入れている業務がある場合には、復職可能と評価する、というものです(正確な文言は判決文で確認してください)。

2.①回復の有無
 まず、①について裁判所は、Xが担当していた業務が、クリーンルームの中での製造工程を実際に自ら検証して問題点を探すような業務も多く含むもので、週5日の多くをクリーンルーム内で作業できることが必要であるが、クリーンルーム内での車椅子でのかかる作業は現実的でない、等の理由で、①の定める「回復」に該当しない、と評価しました。これには、介護サービスを受けている状態で、しかも神戸の実家から尾道まで毎日新幹線で往復する場合に、通常の勤務時間に合わせた生活(起床・就寝など)が現実的に不可能であること、他人を使って自分自身は自宅で「頭脳労働」をすればよい、とするXの主張は、Xに部下がいないことや、事故前の実際の勤務状況を見れば採用できなこと、等の理由も含まれます。
 さらに、障害者雇用促進法36条の3が、障害者である従業員のために合理的な配慮をする義務を定めている点も問題になりましたが、事業主に過重な負担を与えることまで要求されていないこと、実際、過重な負担なしに対応することは難しいこと、からこの配慮義務違反も否定しました。
 事故前に、様々な現場に直接足を運ぶことが重要な要素であった業務を担当していたのですから、①が満たされない、という結論も合理的でしょう。配置転換して、従前とは異なる仕事を与えることで、現地に行く機会を失くす(大幅に減らす)かどうかは、②の問題です。

3.②配置転換の可否
 このように見てくると、なぜ、現場に行かなくても良い仕事にしてあげないのだ、そうすれば復職できるのではないか、という疑問が生じるところです。実際、「労働判例」の解説にもこのような問題意識が見られます。
 ここで裁判所は、Xが配置転換を希望していなかったと認定しています。
 これに対しては、Yが人事権を有していて自由に配置転換できるし、Xも会社に勤めている以上、人事に関して自分の思い通りにいくわけではなく、したがっていつか人事異動することも覚悟していたはずであり、配置転換を希望していなかったという認定には、問題があると感じる人もいるでしょう。
 けれども、ここで注目されるのは、Yの人事担当者とXの会話です。労働条件を変更して契約を締結することに関する会話で、Xが労働条件の変更について聞かれた際の状況ややり取りについて、裁判所は、「(Xは)低下の程度によるとした上で、『元々の契約で、在宅勤務で滑り込めへんかなあ、そういうのはやっぱりどないかならんかなあという。』と述べて、従前の契約へのこだわりを示した。」と返答した旨が認定されています。ニュアンスまで具体的に認定されていますから、録音されていたのでしょうか。
 この会話だけだと分かりにくいかもしれませんが、他に認定された事実と合わせると、①Xは品質管理の技術者・専門家として優遇されていた(アメリカの大学に留学もさせてもらった)、②職種限定はされていないかもしれないが、せっかく社内で獲得した専門性(生産技術開発業務)を手放したくない、③したがって、「元々の契約」「従前の契約」(=生産技術開発業務)にこだわり、配置転換を希望しなかった、という事情がうかがわれます。Yの人事制度の詳細は分かりませんが、商品の専門性が市場での競争力の源泉となっている会社では、商品の専門性に関わる専門家が高く評価されるでしょうから、給与等の処遇だけでなく、仕事でのやりがいや社内での存在感など、長い会社員人生の様子が大きく変わってくるでしょう。
 このようにして見ると、片山組事件の最高裁判決が②の判断枠組みの中に、従業員本人が配置転換を受け入れていることが条件とされているのも、このような会社人事の実情を反映しているのでしょう。従業員本人の意思確認が必要、という条件は、判断枠組みとして合理性があると思われます。
 さらに、事実認定の問題です。
 本事案では、上記の会話が配置転換を受け入れない、という意思の表明と認定されています。たしかに、従業員の意思確認に関し、「自由な意思」が要求される場面が増えていて、より慎重な評価が求められている中で、「元々の契約」という曖昧な表現で従業員の意思を認定していいのか、という問題もあるでしょう。
 けれども、「自由な意思」が要求されるような、従業員にとって不利な条件を承諾させる場合と異なり、会社の人事権(配置転換の自由)を制限して従業員の人事上の希望を聞く機会ですから、従業員の側が会社の人事権の行使を要求するために明確なリクエストをしない限り、配置転換を希望していないと評価することも、バランスの問題として合理性があるように思われます。

4.実務上のポイント
 この事案ではそこまで認定されていませんが、配置転換によって給与が下がってしまう場合もあるでしょう。あるいは、職種限定合意がある場合になると、職種変更の合意が必要になります。
 他方、会社としては、基本給やそれに基づく賞与・割増賃金が上がらずに、同じ程度の生産性の仕事をしてくれるのであれば、他の従業員にも説明がつきます(他の従業員の不公平感を押さえることができます)ので、配属可能な職種として提案可能です。反対に、生産性が大幅に下がるのに従前の給与水準が保障されるということになると、他の従業員の不公平感を押さえることができませんから、現実的に提案可能な選択肢とはなりません。
 余力のある会社なら、多少、生産性が下がっても障害を負った従業員を従前の処遇で面倒を見たらどうだ、という趣旨の主張を見かけることがありますが、生産性に応じた処遇がされることは経済的に見て当然のことです。会社は、慈善事業を営んでいるのではなく、同業他社と市場で過酷な競争をしている営利団体です。本事案のXも、そのことを理解していたからこそ、職種変更を希望しなかったのでしょう。
 もう1つのあり得るXの不満といえば、上記の会話の中でX自身が欲張らずに、処遇が下がってでも会社に残れるような条件を明示しておけば、Yの対応が変わったかもしれない点でしょう。交渉の経過を一切考えず、結果的に、会社はXの処遇が低下しても会社に残れるような選択肢を示すべきだった、という考え方もあるでしょうが、このような考え方には疑問があります。実際の会社と従業員の折衝の中で、処遇が低下しても会社に残れるような選択肢を会社が示したとすると、今度はそのような選択肢の提示自体が、当該従業員への配慮を欠く(能力低下を前提にする提案である、など)と非難されてしまい、逆にトラブルを誘発することにもなりかねません。
 結果から振り返って全てが決定される問題ではなく、休職者の復職に向けたプロセスや交渉の中で議論されながら適切な結論が模索されるべき問題ですから、会社が適切なプロセスを踏んだかどうかがより重要になります。本事案では、Xの復職後の業務の在り方について、Yの担当者がXの自宅に訪問して具体的な条件や業務内容を話し合っており、Xも、自身の仕事へのこだわりも含めてかなり本音で議論している様子がうかがえます。つまり、Xの意向を確認すべき機会が十分保障されていたと評価できます。
 この観点から見ても、本判決は相当合理的であると評価できます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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