労働判例を読む#375
今日の労働判例
【医療法人社団悠翔会事件】(東京地判R3.3.31労判1256.63)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、病院Yから、1ヶ月の有期契約で雇用された医師Xが、2ヶ月で契約更新されなかったことが無効である、などと主張して損害賠償などを求めた事案です。
裁判所は、Xの請求を否定しました。
1.更新の期待と更新拒絶の合理性
本判決は、更新の期待を認めつつ、更新拒絶することの合理性を認めました。
まず更新の期待ですが、これは、医師として1年後には独立することを考えている、という前提で雇用されたので、1年程度雇用されることは期待されていた、という点が大きな理由です。契約の背景まで踏み込んで契約の実態を認定しており、実務上、更新の期待の有無の判断の参考になるでしょう。
次に更新拒絶の合理性ですが、これは、XがYの診療方針などに従わない診療を貫き通して患者などからの苦情や相談が多かったことや、特にスケジュール調整などに関して協調性に欠ける言動が多かったこと、等が理由です。Yは、施設などへの訪問医療が中心で、例えば高齢者などについては、突然の往診要請が出ないようにしたり、不安を生じさせなかったりするために、多めに投薬したり、症状や診療方針などを丁寧に説明したりすることが求められますが、Xは、(医師の裁量と考えているのか)このような配慮をせずに、患者を不安にさせたりトラブルを生じさせたりしていたのです。
ここで注目されるのは、更新拒絶の合理性の判断に関し、更新の期待が高くない点を裁判所が指摘している点です。すなわち、更新の期待は一応は認められるが、それほど高くない、他方、業務遂行上の問題がある、したがって更新拒絶の合理性がある、という判断が示されたのです。
このように、更新の期待が一応認められるものの、その期待は高くない、という判断は、例えば「バンダイ事件」(東京地判R2.3.6労判1227.102、労働判例読本2021年版137頁)にも見受けられます。バンダイ事件では、コンピューターや外注などでなくなるかもしれない業務を担当していた有期契約者の更新拒絶に関し、12年更新していることも背景に更新の期待を認めつつ、その更新の期待は当該業務が社内に確保される限り、という条件付きであったとされ、当該業務の廃止に伴う更新拒絶の合理性を認めたのです。
更新の期待はあるかないかの問題であり、更新拒絶の合理性は解雇と同様の判断である、という図式ではなく、更新の期待と更新拒絶の合理性の両者がお互いに関連して判断される、という点が注目されるのです。
2.実務上のポイント
この他にも、Xは、Yの不当な経営(過大な診療報酬請求、医療安全対策の懈怠)に加担させられた、として損害賠償を請求していますが、裁判所はこの請求も否定しています。そもそも、このような不当な経営が行われていない、という認定です。
Xの言動は、たしかに協調性に欠ける面があり、訪問診療を中心とするためにチームプレーが重要なYに馴染みにくかったかもしれませんが、他方で、自分の判断を貫き、Yの不正義を認めない、という意味で正義感としての面があったのかもしれません。特に後者については、数回面談した程度では、頼もしい人柄、という印象を与える場合もあり得るでしょう。
このようなミスマッチを、採用段階で全て見抜くことは至難の業です。
そこで、専門性や経験の高い即戦力として中途採用する場合には、ミスマッチが起こったときにそれを素早く見抜くことと、こじれてしまう前に縁を切れるようにしておくことが重要となります。同じような医師の中途採用に関する事案で、試用期間を設定して、医師を解雇(厳密には、公立病院なので免職)し、それが有効とされた事案もあります(「雄武町・町長(国保病院医師)事件」札幌高判H30.8.9労判1197.74、労働判例読本2020年版172頁)。
即戦力の中途採用は、労働市場が大きくなっていく中でより重大な問題になります。そのための契約の在り方や管理の在り方について、検討しておきましょう。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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