労働判例を読む#164

「ハンターダグラスジャパン事件」東京地裁H30.6.8判決(労判1214.80)
(2020.6.18初掲載)

 この事案は、茨城工場への転勤によって片道2時間45分の長距離通勤となった従業員Xが、交通事故によって障害を負い、4カ月の休職と4カ月のリハビリ勤務(時短勤務)後、梱包作業に復帰し、ときに20キロの荷物も運ぶまで回復していました。会社Yが、Xの茨木工場勤務が長期化することから、Xの健康、安全管理、業務の円滑のために、工場近くに準備した社宅に転居するよう、転居命令を出したところ、これにXが従わないことから、YがXを解雇した事案です。
 裁判所は、解雇を無効とし、Xが従業員としての地位にあることを確認しました。

1.判断枠組み(ルール)

 裁判所は、Yの就業規則に、従業員の「居住地の変更」に関する規定があることを根拠に、従業員の居住地の変更を命ずる「転居命令権」が、Yに存在する、と認定しました。
 したがって、問題はYによる転居命令権の濫用の有無になります。
 裁判所は、有名な「東亜ペイント事件」(最二小S61.7.14判決、労判477.6)が示した、「配転命令」に関する判断枠組みを引用しました。その概要は、以下のとおりです。
 特段の事情があれば、権利濫用になる。それは、①業務上の必要性が無い場合、②不当な動機・目的による場合、③労働者が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる」場合、等である。
 この判断枠組みは、会社側の事情(①②)と従業員側の事情(③)の両方を対比し、バランスを取るという構造になっており、抽象的な規範が多く、様々な場面で「判断枠組み」が示される労働法の独特な領域の中で、一般的で理解しやすい判断枠組みです。
 たしかに、配転(勤務地を動かす)の場合と、転居(居住地を動かす)の場合とでは、後者の方が生活に直接関わる問題であり、いかに会社に「転居命令権」があるとしても、その限界線はより低いと考えるべきでしょう。家族の生活を考えれば、多少無理してでも通勤したい、という従業員の選択を尊重すべきだからです。
 けれども、それは上記①~③のあてはめの段階で考慮すれば十分対応可能です。この上記判断枠組みは、一般性の高いもので、新たな判断枠組みを作って話を難しくせずに、あてはめを工夫することで柔軟に対応できるからです。

2.あてはめ(事実)

 そこで、実際に裁判所が、事実をどのように評価してこの判断枠組みにあてはめたかが問題になります。
 裁判所は、②③には該当しない(会社側の②他意や③配慮不足はない)が、配転後1年ほど、遠距離通勤できたこと、工場の近くに居住する必要性がないこと(早朝・深夜・緊急の仕事がない)、Xの健康に配慮する必要性も、Yが転居の機会を与えたことなどから、安全配慮義務を一定程度はたしていること、などから、転居命令の①必要性が無いと判断しました。
 先に指摘したような、居住地の選択について従業員自身の意向を尊重すべき点については、Yが転居の機会を与えた事実を考慮している点で、裁判所によって考慮された、と評価できるでしょう。すなわち、上記①~③の枠組みを、「転居」の場合に応用し、柔軟に活用していると評価できるのです。

3.実務上のポイント

 表面上、Xの健康に配慮した転居命令、という形式になっており、裁判所も、そのことを前提に検討しています。そのうえで、転居を「命令」し、それに違反した事実を根拠に解雇することは行き過ぎ、という結論になりました。
 けれども、Yは同時期に、給与体系の見直しを行っており、管理職でなかったXについては大幅な言及が見込まれました。たしかに、激変緩和措置とも言うべき対応により、Xの給与は維持されていますが、コストカットの対象(年間300万円~350万円の減俸)であったようです。
 そうすると、健康配慮などの口実があることから転居を命じ、それによって少なくとも多額な通勤交通費(半年で30万円)の削減、さらにもしXが退職すれば、それに加えて年俸分(当時750万円)の削減になる、という計算が、Yにあったかもしれません。
 もし本当にYがそのように計算していたのであれば、本事案は、①必要性ではなく②他意によって濫用と認定されるべきことになります。
 裁判所も、表面的には、YはXの健康に配慮していた、というプラス面を認定しているものの、Yが手間をかけてXに転居を勧めた経緯など、相当な手間をかけているにもかかわらず、転居命令を無効と評価しています。Xの年収が、近々6割以下に下がってしまうことも含めて考慮すれば、実際には、①必要性だけでケリを付けていますが、(②他意があったというのは言い過ぎだとしても)③相当性もその判断に影響を与えていると考えるべきでしょう。つまり、従業員に対する安全配慮、という会社側の事情(これも、突き詰めると従業員側の事情のはずですが)と、居住地を自分で選択したい、という従業員側の意向や、業務内容・処遇などの従業員側の事情を比較して、バランスを判断しているのです。
 このように、特に従業員にとって不利益を伴う処分をする場合には、会社側の事情だけでなく、従業員側の事情も考慮することが、実務上のポイントとなります。

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※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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