労働判例を読む#253


【学校法人追手門学院(懲戒解雇)事件】大阪地裁R2.3.25判決(労判1232.59)

YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、セクハラ問題が学校法人Y内部の派閥問題に発展し、理事者たちの責任追及を行った元学長Xら2名が懲戒解雇・解雇された事案です。
 裁判所は、懲戒解雇・解雇を無効と判断しました。

1.事案の概要
 発端は、Yの事務職員で、チア部の顧問だったDがチア部のコーチCや学生に対してセクハラを行ったことにあります。非常に立腹したCは、I教授、K教授に相談しますが、IKは事を荒立てないように逆にCを説得します。Cは、一度はこれを受け入れますが、Dが軽い処分で終わったことなどに我慢できず、D・I・Kを被告とする訴訟を提起します。Xらは、この訴訟提起に至る過程でCをサポートしました。CとXらは、訴訟提起に合わせて記者会見などを行い、Yの理事たちの責任を訴え経営刷新を目指していましたが、マスコミがこの訴訟を取り扱わず、クーデターは失敗に終わります。
 理事会で非難されたXは学長を辞任しました。するとYは、Xを「教育研究所」に配置転換しました。Xはこの配置転換の無効を主張して訴訟を提起しましたが、するとYは、Xらを懲戒解雇しました。この懲戒解雇の無効を主張して提起されたのが、本件訴訟です。

2.判断のポイント
 この判決は、Cの言動を中心に、XらとYとの駆け引きの様子を詳細に認定しています。重要な論点は、クーデターのためにたびたびYの重要な情報を漏洩したエピソードの有無や悪質性です。
 ここで特に注目される1つ目のポイントは、本件訴訟の中でCは立場を翻し、I・Kに対する訴訟はXらに無理やりやらされたことである、と主張するようになった点です。この翻意の背景にどのような動きがあったのかは明確に示されていません。DがYを去ることと引き換えに、YでのCの立場が保証されたのでしょうか。
 問題は、Cの証言から事件の経緯を振り返ると、たしかにXらはYの重要な情報を漏洩したと評価されてもおかしくないストーリーが見えてきます。
 けれども、裁判所はCこそが、DだけでなくI・Kに対しても厳しく対応してほしいと希望していて、訴訟も主導していたという経緯を認定しました。Cの証言をかなりの部分で正面から否定するものですが、これが可能だったのは、CがXらとの間でやり取りした数多くのメールです。C自身の、DやI・Kに対する恨みが赤裸々に語られており、一連のメールを見るとCが訴訟を主導していたことが明確にイメージされます。特に、例えば訴訟書類の訂正など、メールの用件そのものに関する記載だけでなく、メールの送付文に記載された部分も、Cの本音をより端的に示すものとして重要な役割を果たしています。
 このように、従業員とのメールのやり取りが証拠として重要な役割を果たす事例は、例えばハラスメントの事案などで最近非常に多く見かけるようになりました。会議や会話の様子の録音が証拠となる場合も増えていますし、自動車事故の事案では車載カメラの動画も活躍しています。しかも、社内のトラブルについて、内部通報だけでなくSNS上での公開など、当事者だけしか知りえないことが公にされることも多くなってきました。
 もはや、どのような証拠で実態が晒されるか分かりませんので、口裏を合わせて事実を隠すことはできない、という前提で物事を考えなければならない時代です(昔はそれで許されたという意味ではありません)。

3.解雇の意思表示
 注目される2つ目のポイントは、解雇です。解雇については、①当初から問題となっている懲戒解雇の意思表示の中に解雇の意思表示が含まれる、という主張と、②本件訴訟の終盤で追加的に行われた解雇の通知が有効である、という主張の2つが含まれます。
 このうち、①については、普通解雇の意図が読み取れない記載になっていることから、そもそも解雇の意思表示が認められないことになりました。明示が無くても、普通解雇としての効力を認める裁判例がありますが、本判決はそれと異なる解釈が前提とされたのです。
 ②については、訴訟手続きの終盤で、証人尋問なども終わった段階での解雇の主張ですが、間もなく終結するとはいえ、最終準備書面をXY双方が提出する予定であったことが指摘され、解雇の主張自体は有効であると評価されました。もしここで、新たな主張として証拠の提出や詳細な議論が改めて必要になるのであれば、これと異なる結論になったでしょうが、訴状送達から3年以上経過した場合であってもこれに対する反論の機会が確保されていれば、解雇の意思表示自体は有効になるという評価は、今後の解雇に関する実務にとって参考になります。
 もっとも、そうはいっても解雇自体については無効とされました。Xらによる若干の秘密漏洩などが認められるものの、解雇に相当するほど重大ではない、ということです。上記2で示された判断が、ハードルは懲戒解雇よりも低くなるものの、普通解雇でも同様に適用されたと評価できます。

4.実務上のポイント
 経営陣を2分するクーデターの場合、失敗した側は悲惨です。この事案で議論の中心となった秘密情報の漏洩のほか、指揮命令違反・服務規律違反、犯罪該当性、損害賠償など様々な責任が追及されます。築き上げてきたものも失います。
 成功した側も、傷ついた会社のイメージや信頼の回復や、社内での派閥対立による分断の修復など、会社を沈没させないための大修繕をしながら、通常の業務を滞りなく継続しなければなりません。
 ハラスメントでは、優秀な人材によるハラスメントが多く、加害者を守ろうとする経営陣と、加害者に厳しい処分をして会社を清潔にしようとする経営陣に分断してしまう場合を、比較的多く見かけます。特に、それまでの経緯で対立や不満が埋もれている場合には、それを一気に噴出させてしまいかねません。
 実務上は、仮に派閥活動が止むを得ないものだとしても、派閥間の健全な競争が行われ、対立や不満が残らないようにする、などの社内政治上の対応のほか、ハラスメントに対する会社の対応方針での足並みの乱れを生じさせないよう、従業員だけでなく役員レベルでも方針を明確にし、徹底していくことが必要です。

※ 英語版

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?