労働判例を読む#584
今日の労働判例
【司法書士法人はたの法務事務所事件】(東京高判R4.9.12労判1306.52)
この事案は、正社員の募集に応じて入社したが、事務所Yから、雇用期間1か月の有期契約の雇用契約書を提示され、それにサインした従業員Xが、(1回は更新されたものの、2回目について)期間満了を理由に更新拒絶された(退職願いへのサインを強要された)事案です。
裁判所は、Xの主張を大幅に認めました。
1.契約内容
形式だけ見れば、募集資料は契約に関係なく、契約内容は契約書に示されているから、契約書の記載が優先する(つまり、Yの主張どおり、有期契約が成立する)ようにも見えます。
けれども裁判所は、契約書が就業開始後にサインを求められた経緯(したがってXは、拒否すると解雇されるかもしれないと思った)も踏まえ、募集資料の記載内容で雇用契約が成立し、労働契約書のサインは、無期契約を有期契約に転換するだけの「自由な意思」があるかどうか(結論として、否定)の問題である、と位置付けました。
ビジネス上の契約、特に、B to Bの契約であれば、交渉の過程で示された条件が、最終的な契約書の記載に優先するような評価は、よほどのことがない限り考えられませんが、労働者保護の要請が働く労働法の分野では、両者の立場の非相対性を受け、このような判断がされることもある、という具体例と言えるでしょう。
2.残業時間
さらに、Yが始業時間だけ申告させていたとして、所定の始業時間である10時以前の時間と、就業時間以降の時間の、いずれについても、残業代が支払われるべきである、とXが主張しています。
裁判所は、このうち後者(居残り残業)について、残業代の支払いを認めました。Xが自己防衛的に、SNS上に、「出勤」「退勤」とツイートしていたのですが、このうち「退勤」について、ツイートのされた時間を実際の退勤時間と認めました。労働時間を管理すべきYが、退勤時間を管理していなかった点も、その理由の一つとされています。
他方、前者(早出残業)については、10時より前に出社することが指示されていない、等の理由で、Xの請求を否定しています。
居残り残業は認定されやすいが、早出残業は認定されにくい、という傾向があり、この裁判例もその傾向を裏付ける一例になるでしょうか。
3.実務上のポイント
ここではさらに、退職届を出すように、Yの従業員5名ほどがXを取り囲み、罵声を浴びせた、等の不当な退職勧奨も認定され、その分の精神的慰謝料の支払いも命じられました。
中途採用者が会社に合わない場合のトラブルは、裁判例の中でもかなりの多数を占めますが、実際にどのようなトラブルが発生するのか、という労務管理上の教訓としても、参考になる事案です。
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