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労働判例を読む#27

「イビデン事件」最高裁平30.1.5判決(労判1181.5)
(2018.12.6 初掲載) 

 この判例は、グループ会社従業員によるセクハラ行為について、親会社の責任を認めた高裁判例を覆したものです。

1.2つの場面

 裁判所は、ハラスメント被害者の主張を退けるために、親会社の責任について2つの場面に分けて検討しています。すなわち、高裁では「使用者が就業環境に関して労働者からの相談に応じて適切に対応すべき義務」(本件付随義務)の違反が認定されましたが、最高裁はこれを以下のように否定しました。
 1つ目は、構造上のルールです。
 すなわち、親会社は被害者に対し、原則として本件付随義務を負わない、と判断しました。
 これは、①親会社は、被害者に対して直接指揮監督権を行使する立場になく、直接労務提供を受ける立場にない、②被害者の勤務先のグループ会社が負うべき付随義務を、親会社が履行したり、親会社がグループ会社に履行させたりする関係にない、というのが理由です。
 但し、構造的に直接の雇用関係がある場合には、付随義務を負う場合があり得る、とも示されています。
 2つ目は、相談窓口に関する例外ルールです。
 すなわち、グループの従業員からグループ向けの相談窓口に相談があり、その具体的状況いかんでは、相談内容に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合がある、と判断しました。
 これを、別の観点から見た場合、まず、直接の社員であれば、当然付随義務を負います。次に、グループ会社の社員であれば、状況に応じて付随義務を負う(構造、相談窓口)、という2つの場面に整理されたのです。

2.あてはめ

 そのうえで、①具体的な対応として親会社自らが調査するばかりでなく、関連会社等に行わせる場合も含まれること、②事業場外での行為が問題となっていて、加害者の職務執行に直接関係しないこと、③申し出はハラスメントから8か月後になされ、その時点で加害者と被害者は別の職場で就労していたこと、を理由に、親会社が自ら事実確認等をしなかったことが本件付随義務に違反しない、としました。

3.実務上のポイント

 自らの従業員であれば、申し出のあった範囲に限らず、付随義務の範囲はより広く及ぶ可能性があります。同じ職場だから、上司として察してあげなければならないこともあるからです。
 けれども、グループ会社の従業員については、相談窓口を設けている以上は、相談に来た案件について相当の義務が発生するかもしれませんが、それ以外の事項についてまで付随義務が広がるものではない、ということになりました。
 過失責任の要件は、予見可能性と回避可能性ですが、グループ会社とはいえ、普段接点のない他社の従業員については、予見可能性(さらには回避可能性)が低いことは明らかです。この意味で、2つのルールに整理した基本的な構造は、合理性が認められます。
 しかし、注意すべきは、単純に「別法人」が理由ではない点です。
 高裁判決を否定する冒頭部分で、被害者が「勤務先会社の指揮監督の下で」勤務していた点を指摘しています。ポイントは、「勤務先会社との契約に基づいて」とされていない点です。形式的な契約状況が問題なのではなく、現実の「指揮監督」状況が問題なのです。
 したがって、例えばグループ会社から派遣され、自社の他の従業員と同様、自社の指揮監督下で勤務している従業員については、上記2つ目のルールではなく1つ目のルールが適用される可能性もあるのです。
 労働法分野では、契約の形式ではなく、労務提供や指揮監督の実態に着目したルールが多く見受けられます。この判例も同様です。
 別法人の従業員だから、という理由だけでは労務管理上のリスクを回避できないので、注意しましょう。

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※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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