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労働判例を読む#295

【ブレイントレジャー事件】(大地判R2.9.3労判1240.70)
(2021.6.27初掲載)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、ホテルYで、フロントや部屋の清掃、軽食の調理など、幅広い業務を担当していた業務委託契約者Xが、労働基準法の定める割増賃金の支払いを求めた事案です。裁判所は、Xが労働者であって労働基準法が適用されるとして、Xの請求を概ね認めました。
 ここでは、実際の労働時間の長さや、固定残業代の規定の有効性、変形労働時間の規定の有効性なども問題になりましたが、Xが労働者かどうか、という点に絞って検討します。

1.判断枠組み(ルール)
 裁判所は、Xが労働者かどうかを判断するための判断枠組みとして、①指揮命令の有無、②時間的場所的拘束性の有無、③労働契約との内容の近似性、の3点を挙げています。
 もっとも、③は結局のところ、労働者性に関する判断枠組み全体を含みますから、①②以外の全てについてまとめて考慮している、ということになります。つまり、一般的な判断枠組み(5つの要素、とも7つの要素、とも言われる)全般のうち、本事案では特に①②が重要、ということになります。
 実際、一般的に労働者性に関する判断枠組みとして指摘される要素の中には、現在となっては明らかに重要性がないと思われるものがあります。
 例えば、代替性については、会社の従業員だからこそ、かけがえがないので代替性がない、という言い方もできますが、会社の従業員だからこそ、会社の中に同様の業務を熟知している人が他にいるはずだから代替性がある、という言い方もできます。
 また、報酬が労務の対価である、という判断要素については、労働契約と区別されるべき他のサービス提供契約、すなわち業務委託、請負、委任などいずれも、サービス提供の対価として報酬を受け取るのが普通です。報酬のためにサービス提供するのだから、当然のことです。そうすると、他の契約形態と労働契約を区別する際に、対価を受け取ることは全てに共通する要素ですから、労働者性を判断する要素として機能しないことは明らかです。
 そして実際、近時の下級審裁判例の中には、形だけ代替性や報酬の対価性について言及するものの、実質的には特に問題にしていないものが見かけられます。
 他方、③は①②以外の全てを意味する、と評価することもできますが、この事案の特殊性に配慮した独自の判断枠組み、と評価することもできます。というのも、この事案では従業員として処遇していたXらの給与から社会保険などを控除する(本来控除すべきところ、それまで控除していなかったので、Yに責任のある問題だが)、とYが説明したところ、Xらがこれに反対したため、Xらに青色申告をさせて自営業者としての外見を整えさせ、業務委託契約に契約の形式を変えて契約締結させた、という背景があるのです。裁判所は、契約の形式を整えたものの、仕事の内容は従前と変わりがない、ということを③で認定しており、これが労働者性の判断にとって重要な意味があるのです。
 このように、判断枠組みの設定は事案の特性に応じて柔軟に行われるべきで、一般的な判断枠組みに縛られる必要はありません。一般的な5つや7つの要素に縛られず、特に重要な判断枠組みに絞って判断した本判決の判断方法は、今後の参考になるはずです。

2.実務上のポイント
 事実認定については、Yの管理の甘さが背景にあるのでしょうか、評価に悩む難しい問題もなくスムーズに労働者性を認定しています。それだけ、Xが自営業者であるという外見が実態に合わず、Yの本音が「見え見え」で、透けて見えたのでしょう。
 労働者性を否定するために会社が考え出したスキームが否定された、新たな事例となります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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