労働判例を読む#407
今日の労働判例
【高島事件】(東京地判R4.2.9労判1264.32)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、メンタルを理由に休職していた原告Xが、休職期間満了を理由に会社Yを自然退職となった事案です。Xは、有給休暇の消化が先行していれば、休職期間も3か月ではなく6か月となり、その間に復職可能となっていたから、自然退職は無効であると主張しました。
裁判所は、Xの請求を否定しました。
1.なぜXは有給休暇の消化を先行させたいのか
Xが有給休暇の消化を先に行うように求めていたと主張していますが、これは、もし先に有給休暇を消化していたらその分が勤続日数に加算されたからです。そうすると、傷病休職期間の算定基礎となる勤続年数が2年未満(この場合、休職期間は3か月)ではなく、一区分上の2年以上という期間となるため、傷病休職の期間が3か月でなく6ヶ月に伸びていたことになりました。そして、この6か月満了までには復職可能な状態になっていた、というのがXの主張です。
裁判所は、有給休暇の消化を先行させるような請求がなかったと認定しました。
その理由には、有給休暇の行使(より技術的には、時季指定権の行使)が認められるためにはその始期や終期が明確に特定されていなければならない、しかしXは特定していない、仮に6月末までの有給行使を求めていたとしても、6月末までの有給が残されていない、等という技術的な理由もあります。労働判例誌の解説部分でも、この部分を特に強調した判例紹介をしています。
けれどもこの部分だけを見ると、例えばXが出した6月5日のメールでは、「今月3日からは年休をいただき(注:3日から有給を取っていた)、その後は病欠でお願いします。」と記載されているなど、有給消化を先行させる意向が明確に示されているようにも見えますから、始期や終期が明確でない、という裁判所の判断は少し厳しすぎるように感じるかもしれません。終期が示されていなくても、会社側で残された有給を計算し、その分の消化を先行させてあげればいいではないか、という考えをする人もいるでしょう。
しかし、有給消化を先行させるというXの主張を否定した理由はこれだけではありません。
すなわち、Xのこのメールを6月5日に受けてYが対応を検討した結果、まずXに産業医に面談させて、6月4日付の主治医の診断(ストレス反応、2か月の自宅療養)について検討させることにしました。その上で、産業医の結論(1ヶ月の就業禁止、その後休職継続の要否を判断)を踏まえ、主治医の診断も尊重して7月末までを休職期間することを決め、Xに伝えました。診断書の日付である6月4日から休職、ということにすれば、概ね2か月になるからです。
この決定を6月10日にXに電話で伝えたところ、Xは、休職期間の始期を4日ではなく10日にするよう申し入れました。Yは社内で検討し、これを受け入れ、休職期間は6月10日から7月末までとなりました。
7月中旬になって、Xはさらに2か月の自宅療養が必要と主治医に診断されたため、会社もこれを受けて、7月29日に休職命令を発令し、その結果、9月9日に3か月の休職期間が満了し、Xが自然退職した、という処理が行われました。この結果を、Xも当初は受け入れており、退職に必要な書類を9月10日に提出するなどしていましたが、11月28日に、Yに対して復職を求めました。
このようなやり取りの中で、Xが有給休暇の消化にこだわっている発言もしています(有給休暇の消化は復職後にされるのか、という趣旨の質問をした、など)。もし有給休暇が残っているなら、本当はそれを先に消化したいという趣旨だ、と読めなくもありません。
しかし、①自ら望んで6月10日からの休職期間にしてもらったこと、②6月18日に休職に関連する書類を提出していること、③9月11日に退職関連書類を提出していること、④Xは人事総務のマネージャーであったこと、⑤にもかかわらず、有給休暇の残日数などを確認しないままY側の指示に従っていること、⑥当時、Xは休職命令の無効などを主張していないこと、などが指摘されています(順番は入れ替えてあります)。
このような状況をみると、違った法律構成も考えられます。
すなわち、XとYが、有給休暇の消化を6月3日~9日とし、6月10日から休職にする、と合意によって定めたと評価することもできるでしょう。だからこそ、残された有給休暇について、もし復職できた場合には追加で消化可能となるはずだが、そのことをXが確認しようとしていた、つまり、Xが有給休暇について質問したメールは、合意によって有給休暇の行使日数と期間が定められたからこその確認であり、有給休暇の事前消化が6月3日~9日であることをXが了解していたことの証拠と言えるようにも思えるのです。
2.実務上のポイント
ここでは議論されていませんが、仮に6カ月後だとして、本当に12月から復職可能だったかどうかも論点になります。医学的な問題に関する事実認定と評価の問題ですが、検討は省略します。
ところでYとしては、確認しながら休職・退職の手続を進めており、訴訟からさらに判決にまでもつれ込む事態は予想外だったでしょう。
けれども、有給休暇の数日によって、休職期間が3か月から6ヶ月になってしまう微妙な事案であり、トラブルの可能性をより小さくするのであれば、有給休暇の行使についてより慎重に確認し、本人の納得も得ておくことが考えられるでしょう。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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