労働判例を読む#237

【大阪医科薬科大学(旧大阪医科大学)事件】
最高裁三小R2.10.13判決(労判1229.77)

 この事案❹は、大学の教室事務を担当する元アルバイト社員(有期契約社員)Xが、基本給、賞与、休日賃金、法定外年休、夏季特別有給休暇、病気欠勤中の賃金、医療費補助措置について、正社員と不合理な差があるとしてその違法性を争った事案です。
 最終的に最高裁が判断を示したのは賞与と病気欠勤中の賃金に関する差で、いずれも合理性を認めました。
 ここでは、主に賞与に関する判断について検討します。なお、旧労契法20条に関する用語の略称(「職務の内容」「変更の範囲」「職務の内容等」「制度の性質・目的」「合理性」「均等」「均衡」)は❶佐賀事件#234と同じですので、そちらもご確認ください。

1.①制度の性質・目的
 裁判所は、賞与について、「正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、正職員に対して賞与を支給することとした」と認定しました。また、病気欠勤中の賃金について、「(正)職員の雇用を維持し確保することを前提とした制度である」と認定しました。両者は表現が異なり、内容も異なるようにも見えますが、人材を取り込むことと離さないこと、という面で見れば同様の内容であり、実質的に内容は同じと考えられるでしょう。
 注目されるのは、賞与に関し、正社員確保・維持、という制度目的を正面から認めた点です。
 この点は、同一労働同一賃金のガイドラインの検討過程やその後の裁判例の検証の中で、「有為な人材確保」などの抽象的な目的は処遇の差異を合理化する理由にならない、と批判されてきたところです。「有為な人材」が「正社員」になったけれども問題の本質は同じである、という批判も考えられます。
 けれども、最高裁はこのような批判があるにもかかわらず、正社員確保・維持という目的を正面から認めました。そこには、会社経営の現実に対する理解と配慮があるように思われます。
 そこで、賞与が正社員確保・維持目的である、と認定した理由を確認しましょう。

a) 賞与の金額には支給基準(基本給4.6ヶ月分/年)があり、実際そのように運用されている。
→ 業績に連動しない。
→ 労務の対価の後払い、一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含む。

b) ベースとなる基本給は、勤務年数に応じて昇給する。
→ 職能給の性格を有する(勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じている)。

c) 正職員の業務内容の難度・責任の程度は高い。

d) 正職員の人事異動は、人材育成や活用を目的に行われている。

 まず、a)b)から、会社の業績など短期的な事情に左右されず、長期的安定的に賞与が支払われる点が強調されていることが分かります。欧米の雇用制度に比較した場合の日本の雇用制度の特徴とされる長期雇用・終身雇用制度の特徴(最近は欠点とも言われますが)が、給与体系・賞与制度の観点から説明されているのです。次に、c)d)から、給与以外の人事制度でも正職員に長期的に重要な役割を与えていることが説明されています。
 このように、裁判所は、賞与の性質・目的を分析する際、会社の人事制度の基本的な枠組みや経営戦略方針自体にまで遡った分析を行っています。
 これを、住居手当の性質・目的が議論される場合と比較してみましょう。住居手当の場合は、転勤制度の実態と運用、という特定の人事制度だけが議論されます。けれども、この判決は、明らかに判断する際の視点の高さや対象の広さが異なります。すなわち、従前の賞与に関する議論では、この住居手当の分析と同様のレベル、すなわち、a)の派生論点である「労務の対価の後払い、一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨」の部分だけが注目され、賞与の現象面での機能ばかりが注目されていたきらいがありますが、この判決は、会社の制度設計や経営戦略(人材の短期的な活用よりも長期的な育成を重視する経営)それ自体にまで踏み込んだ検討を行っているのです。
 たしかに、具体的な根拠も示さずに「有為な人材確保」を主張することは説得力が薄いと言われても仕方ありません。しかし、賞与が人事制度の骨格に位置付けられ、その人事制度自体が人材獲得・維持のために重要な役割を果たしている(魅力的な職場にすることで人材を集める)ことを合理的に説明できれば、仮にそれが統計的定量的に証明できなくても、制度の趣旨・目的として認めてもらえることが明らかになったのです。

2.②事実
 次に、上記1の旧労契法20条の3つの判断要素にそって事実を整理しながら、合理性を検討しています。
 1つ目は、「職務の内容」です。
 裁判所は、Xと正職員の業務内容に共通する部分がある、としつつ、正職員の業務内容に一定の相違があった、と認定しました。すなわち、一方でXの業務が相当に軽易であり、他方で正職員の業務には、英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応、部門間連携の必要な業務、試薬の管理業務が含まれることを指摘しています。単に指示に従うだけでなく、経験や知識、判断力などが求められる、という業務の質的な違いが強調されています。
 2つ目は、「変更の範囲」です。
 裁判所は、一方で正職員については人事異動の可能性があり、他方でアルバイトは、原則として人事異動がなく、例外も限定的であることを指摘しています。表現だけを見れば正職員については、抽象的なレベルでの可能性の指摘にとどまりつつ、アルバイトについては、具体的なレベルでの現状の指摘が行われており、対比するレベルが合わないようにも見えますが、冒頭の事実認定部分で正職員全体の異動実績が30人である、という具体的な結果が指摘されており、両者の比較レベルが合致するように裁判所も配慮している様子がうかがわれます。
 3つ目は、「その他の事情」です。
 裁判所は、ここで2つの事実を指摘しています。すなわち、軽易な業務をアルバイトに集約していた過程であり、それが相当進んでいること、アルバイトから契約職員・正職員になる道があること、です。
 特に後者については、正社員になる気がない人については合理性の根拠にならない、という指摘がされているところです。たしかに、選択の機会さえ与えればどのような差別も許される、というわけではありませんから、職種変更の可能性だけで処遇の違いを全て合理化できないでしょう。
 けれども、処遇の違いが固定化している状況と、有期契約者側にそれを変える機会がある状況では、処遇の違いを押し付けている強制力の程度が違います(もちろん、どの程度違うかは状況によりますが)から、合理性を判断する事情の1つとすること自体は、否定できないと思われます。その意味で、裁判所がこの点を考慮したこと自体は、問題になりません。
 このように、裁判所は②合理性について3つの要素に整理しつつ、事実を指摘しています。

3.③合理性(あてはめ)
 ここで裁判所は、会社にとって不利な事情も指摘しています。
 すなわち、①に関連する事情として、賞与の性質・目的のうち、給与後払いと一律報償は、アルバイトにも該当すること、②に関する事情(特に「その他の事情」)として、契約職員は賞与80%もらっている、アルバイトは正職員の年間所得の55%しかもらえない、つまりアルバイトの処遇の違いは決して小さくないこと、を指摘しています。
 それにもかかわらず、結果的に裁判所は処遇の違いを合理的と評価しました。
 このことから、合理性の判断が「yes or no」「all or nothing」のような質的な判断ではなく、どの程度であれば合理的か、という量的な判断であることが分かります。しかも、そこでは有利な事情・不利な事情も含め、総合的に判断されています。つまり、実務上、これだけやれば大丈夫、というチェックリストのような判断ができない問題であることに注意する必要があります。

4.実務上のポイント
 この事案は、有期契約社員と無期契約社員の間で重なる業務があるにしても、両者の役割の違いが明確に区別できる事案、と評価できるでしょう。賞与の違いは、住宅手当のような諸手当と異なり、人事制度の構造そのものの違いにつながりますので、金額の多寡等の量的な違いの比較だけで合理性を説明しにくいのですが、役割が明確に違えば、構造の違いも説明しやすくなることが示されたのです。
 逆に言うと、例えば社歴の長いパート社員が正社員と同じように店長を任され、両者の役割の違いが明確に区別できないのに、給与体系が根本的に違う、というような場合には、この事案と前提が異なってきますので、この判決を前提にしても合理性を説明することが容易でない、と評価できるでしょう。
 つまり、この判決は、有期契約社員と無期契約社員の間の給与体系の構造的な違いの合理性を認めている点で、会社の人事政策に関する大幅な裁量を認めていると言えますが、他方で、現実的具体的に見て両者の役割の違いが明確でない場合には、給与体系の構造的な違いの合理性が認められない可能性も暗示しているのです。
 また、特に①に関し、正社員の獲得・維持という、統計的定量的にその効果を測定することが困難な目的についても、その合理性を認めている点が注目されます。
 すなわち、この事案に関して言えば、長期雇用性・終身雇用制を前提に、正社員が優遇されることについて、(無制限ではなく)一定の範囲でその合理性を認容したことになります。
 同一労働同一賃金というと厳格な職務評価による冷徹な機械的処遇、というイメージを抱く人がいるかもしれませんが、年功序列的な要素を多く残した人事制度の合理性も認められたことから、会社の人事制度の設計に関する裁量は、それなりに合理性が認められたのです。
 とは言うものの、上記のとおり有期契約社員と無期契約社員の役割の違いが明確だったからこそ、合理性が認められていますので、有期契約社員と位置付ければ安い条件でたくさん働かせることができるわけではありません。会社に無条件の裁量権を与えたわけではありませんので、有期契約社員と無期契約社員の処遇の違いに合理性があるのかどうか、きちんと確認する必要があります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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