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労働判例を読む#487

※ 司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例
【関西新幹線サービックほか事件】(大阪地判R4.6.23労判1282.48)


 この事案は、新幹線の車内清掃業務を行う会社Yの従業員Xらが、コロナ禍での便数減少・業務現象により、業務の多くが有給での自宅待機に換えられていたにも関わらず、出社勤務を命じられたことが、違法であるとして損害賠償などを求めた事案です。裁判所は、Xらの請求を否定しました。

1.判断枠組み
 本判決でまず注目されるのは、判断枠組みです。
 すなわち、原則として会社は出社するかどうかを命ずる裁量権があるが、その濫用があれば違法になる、というのが大きなルールですが、濫用の有無の判断枠組みについて、①業務上の必要性、②従業員に対する不利益の程度、③従業員間の負担の公平の3つを示し、さらに③については、❶「負担」の相違の有無、❷相違が生ずる理由及びこれに対する評価、❸相違の程度及び公平性に分けて整理しています。
 ここの③従業員間の負担の公平について、これを③‘不当な動機・目的の有無、と置き換えて判断する裁判例が多く見かけられます(有名な「東亜ペイント事件」最二小判S61.7.14労判477.6)が、本判決は、紛争の実態に照らして、より実態に即した判断枠組みをアレンジしたと評価できるでしょう。XらのYに対する不満は、自分たちだけが在宅勤務を取れなかった、というところに大きな原因があるようで、差別的な取扱いの有無や合理性をしっかりと議論して検討することが、紛争の実態に即した判断につながるからです。

2.事実認定と評価
 結局、違法ではないという認定となりましたが、いったん有給の自宅待機を命じておきながら、後に、在宅勤務中の課題(簡単なレポートの作成)をしなかったことを理由に出社勤務を命じることになった、という経緯が、濫用かどうかの問題とされました。
 ①については、便数が減ったとはいえ実際に清掃業務は残っているのだから、出社を命ずべき「業務上の必要性」がある、と評価しました。②については、普段の業務と同じ、という趣旨でしょうか、「特別な不可」ではない、と評価しました。③については、❶自宅待機よりも負荷が大きい点は認めましたが、❷自宅待機中の課題の内容が「資質の向上」「知識の定着」「能力の開発」に資するもので合理的であるとし、❸自宅待機が多く認められた従業員と比較して、実際に出社勤務を命じられた程度の違いは大きくなく、課題の負担も小さく(社員心得を見れば簡単に回答が作成でき、分量もA4で1、2枚でしかない)、自宅待機の権利があるわけではないとし、③全体として公平を害さない、と評価しました。
 ここでは、課題提出について、「義務」ではないが、出社勤務を命ずる際の判断要素の一つとすることは問題がない、という評価もされています。Xから見ると、出社勤務が命じられ、実際に不利益(「負荷」)を受けているのだから、課題提出は義務であり、その義務違反としての出社勤務、という状況にも見えるでしょう。そのうえで、このような義務を負わせることはおかしい、そもそも義務がない、ということになれば、出社勤務を命ずることができなくなる、ということになるはずです。
 けれども裁判所は、課題提出は義務ではないが、出社勤務を命ずる際の判断要素の一つである、とすることで、出社勤務を命ずること自体は違法でない、但し濫用があれば違法、と整理しました。つまり、出社勤務が違法かどうか、というオールオアナッシングの判断ではなく、ひどい場合には違法、という程度の問題として位置付けたのです。
 オールオアナッシングの判断よりも、程度の問題として整理する方が、会社と従業員の利害を調整するうえで適切と思われますので、裁判所の示した判断は、ルールとして見た場合、妥当なルール設定、と思われます。

3.実務上のポイント
 Xは、さらに、そもそも自宅待機は「有給休暇」であり、「権利」である、したがってこの権利を一方的に奪うことはできない、という主張もしています。この自宅待機=「有給休暇」という法律構成は、課題を命じることができない(休暇であれば、完全に仕事から解放しなければならないから)、という議論にもつながり、上記の1と2で検討した点でXの主張を裏付けることにもなります。
 このように、自宅待機を従業員の権利である、という見方をすると、この事案の見え方が全く異なってくることがわかります。
 しかし、裁判所は繰り返し、自宅待機は権利でない、と論じています。むしろ、自宅待機も業務の一環である、という位置づけです。だからこそ、業務として課題の作成・提出を命じても、また、出社勤務に切り替えても、人事権の範囲の問題と位置付けられるのです。
 そうであれば、課題提出も業務の一環であり、業務指示に基づく義務である、と正面から認めても良さそうですが、何か直接のペナルティーが伴うわけではなく、普通に日常的にも行われる業務上の指示の一つにすぎない、と整理しているのでしょうか。
 実際、業務上の指示には、違反すればペナルティーが課されるような深刻なものばかりではありませんし、人事考課も全て業務上の指示に違反したかどうかだけで評価するものではありませんから、業務上の指示によって義務が発生するかどうか、という観念的な議論には、あまり意味があるように思えません。
 とは言うものの、指示と矛盾するような対応をしたり、他の裁判例で問題となったような、あまり意味のない草むしりだけを指示したりすることは許されませんから、不合理な業務指示を出さないようにしなければなりません。
 また、コロナ禍の影響で、在宅勤務が広がり、一部ではそれが定着してきたようですが、在宅勤務を「権利」と受け止めている従業員も少なからずおり、会社側の認識とのずれによって生じてしまうトラブルの一例としても、参考になります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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