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労働判例を読む#390

今日の労働判例
【東武バス日光ほか事件】(東京高判R3.6.16労判1260.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、路線バスの運転手Xが乗客に対して不適切な言動(停留所で体をのけぞらせていたためにバスがぶつかりそうになった男子高生に「死ね」等と発言した、料金をごまかしたかのように見える女子高生に、クラスや担任教員の氏名などを申告させようとした、レインコートを着た客に対して理由も説明せずにレインコートを脱ぐように命じた、など)を行ったことを契機に、バス会社Y1の上司などY2~6が指導教育や退職勧奨を行った事案です。Xは、これによってメンタルになるなど、精神的苦痛を被ったとして、Yらに対して200万円(+弁護士報酬相当損害金)の請求をしました。
 1審は60万円(+弁護士報酬相当損害金)の賠償をYらに対して命じましたが、2審はY1~3だけに対し、20万円(+弁護士報酬相当損害金)の賠償を命じました。

1.判断枠組み
 1つ目のポイントは、判断枠組みや判断構造です。
 まず、YらのXに対する指導が単なる叱咤激励にすぎないかどうかが検討されました。
 2審は、Yらの具体的な言動から、単なる叱咤激励にとどまらず、退職勧奨になると評価しました。叱咤激励に該当するかどうかについては、特に判断枠組みが示されているわけではありませんから、常識的な「叱咤激励」という概念が規範として機能していた、と評価できそうです。
 次に、①退職勧奨の有効性が検討されました。
 ここで2審は、「その内容及び態様が労働者に対し明確かつ執拗に辞職(自主退職)を求めるものであるなど、これに応じるか否かに関する労働者の自由な意思決定を促す行為として許される限度を逸脱し、その自由な意思決定を困難とするものである場合」には、不法行為に該当するという判断枠組みを示しました。「自由な意思決定を困難とする」かどうか、がポイントとなります。
 次に、②指導や退職勧奨などの際の言動が不法行為(いわゆるパワハラ)に該当するかどうかが検討されました。
 ここで2審は、「本件表現又は本件侮辱的表現が、労働者の職責、上司と労働者との関係、労働者の指導の必要性、指導の行われた際の具体的状況、当該指導における発言の内容・態様、態度等に照らし、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超え、労働者に過重な心理的負荷を与えたと言える場合」には、不法行為に該当するという判断枠組みを示しました。「社会通念」「指導の範囲を超える」「過重な心理的負荷」が、文脈上重要ですが、この中でも「指導の範囲を超える」かどうかが特に中心的なポイントとなります。
 次に、③Xにバス運転業務をさせず、一日中机に向かわせていた点に関し、いわゆる「過小な要求」、あるいは仕事を干した状態にした点が、不法行為(いわゆるパワハラ)に該当するかどうかが検討されました。
 ここで2審は、「業務上の必要性・相当性を欠くなど、社会通念上許容される業務上の指示・指導の範囲を超えたものであり、これにより労働者に過重な心理的負荷を与えたと言える場合」には、不法行為に該当するという判断枠組みを示しました。②と同様、「社会通念」「指示・指導の範囲を超える」「過重な心理的負荷」が、文脈上重要ですが、やはりここでも「指示・指導の範囲を超える」かどうかが特に中心的なポイントとなります。
 このように判断枠組みを整理すると、①は退職勧奨の有効性の判断基準、②③はパワハラの判断基準をそれぞれ示すものとして、参考になります。特に②③は、パワハラの定義を示した労働政策法30条の2の1項の示すルールを、本事案の、しかもそれぞれ異なる論点についてアレンジしたものと評価できます。
 最近の下級審裁判所は、判断枠組みを事案に応じて柔軟に設定するようになってきましたが、2審もこの傾向に沿った判断枠組みの設定を行っている、と評価できます。

2.プロセス
 2つ目のポイントはプロセスです。
 これは、2審が1審の事実認定を修正している点に顕著に表れています。
 すなわち、2審も1審の事実認定を概ねそのまま採用していますが、若干の事実を追加しています。修正部分は少なく、追加部分の多いことが特徴的です。
 その追加部分を見ると、1審が省略したプロセスに関する認定が多いことに気づきます。例えば、Xの問題行為(上記①~③など)に関し、結論的にXに厳しい発言をするに至るまでに、Xが上司らからの質問に対して自分の見解を一方的に述べて帰宅してしまったなどの経緯や、上司らがバスのドライブレコーダーを確認した経緯、Xに何が問題か質問してもXがまともに回答しなかった経緯、Xが本社と相談して教育プログラムを適用した経緯や、その具体的な内容、などです。
 このように、使用者側の従業員に対する対応の経緯やプロセスが詳細に検証され、1審の判断よりも使用者の責任を軽く判断した2審判決としては、「国・人事院(経産省職員)事件」(東京高判R3.5.27労判1254.5、本書■頁)が挙げられます。この事件は、トランスジェンダーの従業員に対する女性トイレ使用の制限の有効性に関し、実害がないという実態面から無効と判断した1審に対し、当該従業員と何度も交渉し、その要望も相当程度受け入れてきたなどの経緯を重視して、2審は有効と判断したのです。
 少し前までは、会社側が十分なプロセスを踏んでいなかったことによって、会社側の処分の不合理性が認定されることが多かったのですが、最近は、会社側が十分なプロセスを踏んでいたことが、会社側の有利に評価する裁判例も多くなってきているように思われます。

3.退職勧奨
 2審が損害賠償を認定したのは、退職勧奨についてだけであり、それもYらの一部についてだけあり、しかも責任を負うこととなったYらの言動全てではなく、Xを追い詰めてその場で退職手続をさせようとしていた部分についてだけです。
 それ以外の点については、Xの問題ある言動が前提として現実に存在するだけでなく、Xの反抗的な態度等から将来同様の問題を起こす危険を感じてもおかしくない状況にあったようで、退職を説得すること自体は合理性が認められると評価されています。
 退職勧奨は、それだけで当然違法になるものではないが、それではどのような観点から、違法かそうでないかの境界線を見極めるのか、非常に難しい問題です。本事案での1審と2審の判断の違いや、ここで指摘したような、違法とされた部分とそうでない部分との違いを検討することで、この難しい判断の参考になります。

4.パワハラ
 パワハラに関しては、1審では一部の言動(②教育指導の際の「チンピラ」「雑魚」という発言や、③一日中机に向かって座らせていた点)について、Yらの責任を認めましたが、2審はこれら全てについて、Yら全員の責任を否定しました。
 2審が1審との違いについて特に明言しているのは、②については、「チンピラ」「雑魚」という言葉だけを取り上げるのではなく、生意気な反応をした男子高生に対して、同じようなレベルで大人げなく反論しているXについて、そのような大人げない対応をすべきではない、という文脈での発言であることが、合理性の理由となっています。すなわち裁判所は、「『殺すぞ』といった発言をしたり本件男子高校生の在籍する高校を見下したりするのはチンピラであり、控訴人会社にチンピラないしそれと同視できる雑魚は不要であるとの趣旨で発言した」から、「人格を否定するものとはいえない」として、合理性を認めています。
 また、一日中机に向かわせる日が続いた点も、その現象だけを見るのではなく、反抗的な態度が改善されず、反省文の内容も内省が深まらない状況にあった、という点を理由に、合理性を認めています。
 1審は、パワハラを典型的に想起させる言葉(②)や指示(③)に注目しているのに対して、2審は、これらの言葉や指示がどのような状況や文脈でなされたのかまで関連付けて検討し、その必要性や相当性を評価している、と整理することができそうです。

5.実務上のポイント
 問題行動を重ねている従業員への対応は、当該従業員が反抗的な場合などは特に、指導教育することによって職場の雰囲気が荒んだり、管理職者や他の従業員が相当の労力を割かれたりして、つい十分な対応ができず、したがって改善の機会やプロセスを十分与えなかった、問題行動を証明できない、など様々な理由で、会社側の処分の有効性が否定されることがあります。
 法的には、適切に警告や人事考課を行い、適切に改善の機会を与え、適切な処分を行うことが重要、ということに尽きますが、会社の労務管理の観点からは、問題行動を重ねている従業員に対して、これらの管理をブレずに実行できる管理職者に管理させること、などが重要となります。
 本事案では、本社の人事が教育指導に乗り出すなど、適切な管理を行うための体制とプロセスが存在し、それなりに機能したようです。
 労務管理の問題としても、参考になる事案です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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