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労働判例を読む#523

※ 司法試験考査委員(労働法)

【アメックス(降格等)事件】(東京高判R5.4.27労判1292.40)

 この事案は、産休育休以前には37名の部下がいるなど、チームリーダーとして働いていた女性従業員Xが、復職後、チームリーダーとしてのランク付けが維持されたものの、部下が一人もいない状態になるなど、業務内容が大きく変わったことが、均等法・育休法に違反するとして、会社Yに対して損害賠償を求めた事案です。
 1審は、Xの請求を全て否定しましたが、2審は、Xの請求の一部を認めました。

1.1審との違い
 1審(「アメックス(降格等)事件」東京地判R1.11.13労判1224.72、労働判例読本2021年版189頁)では、米国本社が提携しているコストコでの営業活動が、提携解消によってできなくなってしまったために、日本でもコストコに関する業務が無くなってしまった、したがって、復職の際に原職に戻さなかったことは止むを得ない、と判断しました。この点は、2審も同様です。
 さらに1審では、Xの人事考課に照らせば、新たに部下をつけるようなポジションを与えるようなことが無くても止むを得ない、という趣旨の判断がされました。
 これに対して2審では、まず、判断枠組みが1審と異なります。
 すなわち2審は、まず、(基本給や手当など)経済的な不利益を伴わなくても、業務内容の質が著しく低下し、将来のキャリア形成に影響を及ぼしかねない場合も、均等法・育休法に違反する、としました。そのうえで、かかる措置を「自由な意思」で承諾した場合か、均等法・育休法の趣旨及び目的に実質的に反しない場合に、均等法・育休法違反にならない、という判断枠組みを示したのです。
 これを前提に、Yによるいくつかの措置の合理性が検討されました。
 例えば、部下を一人も付けず、自ら電話による新規開拓を行わせた措置については、これは妊娠・出産・育児等を理由とするものである、多額のインセンティブを得られる無くなった(経済的な損失)、一時期は女性管理職のロールモデルと言われて昇進した背景事情があり、それが自ら電話で新規開拓を行うことはXの「キャリア形成に配慮せず、これを損なうものであった」、と評価しました。
 そのうえで、「自由な意思」や実質的な違反の有無を検討し、いずれも否定しました。
 このように、経済的な不利益だけでなく、キャリア形成上の不利益も、均等法・育休法で否定される、という方向性と、それを判断すべき判断枠組みが示され、実際にこの判断枠組みによって違法性が認定されたのです。
 また、人事考課に関しても、部下をつけなければリーダーシップを評価できず、低い評価になるのは当然であって、部下をつけなかったことが違法なのだから、人事考課も違法、という趣旨の判断を示しています。

2.実務上のポイント
 しかし、キャリア形成上の不利益の意味は、今後、より議論されるべき問題です。
 本事案で見る限り、結局のところ、部下が沢山いて業務範囲が広かったときに得られた多額のインセンティブを得られなくなった、という経済的な損失と同じではないか、という見方もありそうです。他方、経済的な損失以外の部分に関して判決が指摘しているのは、女性管理職のロールモデルと称賛されていた状況から転落した状況のことであり、過去から現在にかけて状況が悪化した、という点が指摘されていますが、将来の出世の可能性がなくなったかどうか、というような、現在から将来に向けての状況の悪化もキャリア形成上の不利益に含まれるのかどうか、判決からはよくわかりません。キャリア形成、という言葉からは、将来の可能性、という印象を受けますが、判決は、過去から現在にかけての状況の変化に着目しているのです。
 このように、まだ議論すべき問題は残されていますが、キャリア形成上の不利益まで、均等法・育休法の趣旨が広がったことは、今後の実務上、配慮すべきポイントです。
 特に、典型的な外資系企業に見られるように、各部門ごとの人事予算などが厳格に定められ、会社内部での配置転換などが簡単にできない構造になっている会社の場合、ここで裁判所から求められたような配慮を容易に実施できません。日本の労働法制度と、特に欧米の企業の採用した内部統制上の組織構造のギャップについて、考えさせられる問題です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。


※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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