労働判例を読む#319

今日の労働判例
【谷川電機製作所労組ほか事件】(東京高判R3.4.7労判1245.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、産業別労働組合の支部組合Xが、会社の組合Yとして分離独立(組織脱退)する際に、Xに留まる組合員が1名存在したこともあり、XとYのいずれが正当な権利承継者となるかが争われた事案です。その過程で、後にYのメンバーになる者たちが、産業別労働組合への残留を主張する組合員を除名処分にしたのですが、1審2審いずれもその効力を否定しました。
 さらに、Xの組合財産(預金通帳等)をYが占有していましたが、1審2審いずれも、これはXに帰属すると判断しました。

1.支部組合の独立
 Yのメンバーになる者たちが、産業別労働組合からのXの独立を産業別労働組合に求めたもののこれを否定されたため、全員がXを脱退してYを設立しました。
 2審は、組合の規定に支部が組織として脱退するルールが定められていないことから、原則として支部の組織脱退はできない、例外的に「法解釈」によって可能な場合があるとしても、その他の要件はともかくとして少なくとも支部組合(X)自身による組織脱退の決議が必要、という判断枠組みを示しました。そのうえで、メンバー全員が産業別労働組合から脱退したものの、Xの組織脱退の決議はなかった(個人の脱退の意思表示を、組織脱退の決議と同視する証拠がない)、と評価しています。
 厳密に議論するならば、X自身による組織脱退の決議の他に、どのような要件があれば組織脱退できるのかが明らかにされていません。したがって、かりにここで個人の脱退の意思表示を、組織脱退の決議と同視できたとしても、Yの主張が認められるとは限りません。
 けれども、Xに残された組合員はたった一人であり、しかも上記の除名処分が有効であればXの組合員は誰も存在しないことになりますから、Yのメンバーたちは、当然YがXの財産を承継したと考えたでしょう。全員がXを脱退したのは、産業別労働組合と正式に縁を切る方法が無かったことから、その代わりとして行われたにすぎず、よもやこれによってXの財産をYが承継できなくなるとは思わなかったのでしょう。
 産業別労働組合の側から見ると、勝手な組織脱退は組合組織の統制力を弱めることになるので、簡単に組織脱退を認めるわけにはいかないでしょうが、Yの側から見ると、Yのメンバーの意思が尊重されないのはおかしい、ということになります。必要なのは、このどちらの要請が「正しい」のかではなく、両者の要請を調整するルールはどうあるべきか、つまり、どのような場合に組織脱退できるのか、というルールを明確にすることです。
 けれども2審は、規定がなくても組織脱退できる可能性を認めつつ、そのためのルールを明確に示しませんでした。事件の解決に必要が無いから、ということでしょう。
 今後は、この事件を通して明らかにされた、このような対立する利益の存在と、それを調整するルールの内容を明らかにしていくことが、重要な問題になるでしょう。

2.執行委員長の個人責任
 2審が1審と異なる点が1点あります。それは、Xに残った組合員を除名処分した際の、組合役員個人の責任です。
 1審は役員全員についてその責任を否定しましたが、2審は執行委員長については、その責任を肯定しました。ここでは、産業別労働組合からの組織脱退に反対する組合員の除名を違法とし、それが重すぎて違法であると知っていながら(知り得るにもかかわらず)、除名を付議したから責任がある、と評価したのです。
 この点に関し、労働判例誌の解説も、「司法審査の範囲として議論のあり得るところであろう」(労判1245.7右側)と問題提起しています。これが司法権の及ぶかどうか、すなわち訴訟要件の問題となるのかどうか、についてはともかく、組織の意思決定を考えた場合、議案を付議した者だけに責任があると評価することが適切とは言えないでしょう。重要な案件になれば、多くの従業員や関係部署が情報・経験・知恵を出し合い、練り上げていきます。誰か特定の個人の責任が認められるのは、特定の個人が大事な悪意情報を隠して不適切な組織決定をさせたり、誰の意見も聞かずに不適切組織決定を押し通したりした場合以外に考えにくいでしょう。
 この事案でも、除名処分が重すぎることを執行委員長自身が事前から認識していた事実が認定されていますから、少なくとも個人の故意過失は認められます。けれども、たとえば除名処分に関して、これが重すぎるという認識を他のメンバーに隠し、あるいは他のメンバーの反対意見を無視して執行委員長が主導したような事実までは認定されていません。
組織決定に基づく組織の行動に対する組織の責任に関し、個人がどのような場合に責任を負うのか、今後議論されていく必要がありそうです。

3.実務上のポイント
 さらに、この執行委員長の個人責任の問題は、労働組合の組織決定に関し、一方で団体の統制権を認めて自主性を認めながら、その組織決定の過程で誰がどのように関与したのかを問題にする、という意味での矛盾も含んでいます。自主性を強調すれば、例えば「内部自治の問題」「部分社会の法理」等に示されるように、組織決定に関する意思決定プロセスだけでなく、決定内容についても、組織の判断を尊重して、裁判所はその適否について判断しない(限られた場合しか判断しない)こととされており(労働判例1245.7左側)、個人の責任を追及することが難しくなります。
 このように、執行委員長の個人責任を認めることは、労働組合の統制権を制限・制約することになってしまいます。
 さらに興味深いのは、産業労働組合のレベルでは組織の統制力が重視された(引き留めが有効とされた)のに対し、その支部(X)レベルでは組織の統制力が制限された(除名が無効とされた)点です。もちろん、背景となる状況や適用されるルールが異なるので、簡単に比較できませんが、Yのメンバーとしては、2つのルールに一貫性が無いと感じるのではないでしょうか。産業別労働組合の意向は尊重されるのに、支部組合から独立しようとした自分たちの意向は尊重されないからです。
 この点からも、労働組合の統制権と労働者の意思の尊重のバランスをどのように取るのか、労働組合の統制権をどこまで制限・制約するのか、というルールが明確でないことの問題が明らかです。
 そもそも、労働組合の統制権を尊重するという理由で司法判断を控えるということが、組合員のためになることだったのかどうか、労働組合も透明化するべきではないのか、というレベルの議論も含め、その在り方やルールが議論されるべきです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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