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労働判例を読む#382

今日の労働判例
【日本貨物検数協会(日興サービス)事件】(名古屋高判R3.10.12労判1258.46)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、派遣社員Xらが、派遣先の会社Yに対し、派遣契約に変更される以前の状態がいわゆる「偽装請負」であるとして、労働者派遣法40条の6の1項5号に基づく労働契約の申込みがみなされると主張し、これに対する承諾を前提に労働契約の成立を主張したものです。
 2審は、1審と同様、「偽装請負」終了から1年内にXらの承諾がなかったとして、Xらの請求を否定しました。
 
1.派遣法40条の6の1項5号
 この条文は、実態は派遣なのに、派遣法の適用を免れる「目的」で請負などの形で偽装した場合には、実質派遣先の会社が当該従業員の直接雇用の「申し込み」をしたとみなすものです(正確には、条文を確認してください)。したがって、この条件に合致した場合、従業員側から「承諾」があれば、直接の雇用関係が実質派遣先との間で成立することになります。
 この規定が設けられた背景については、理解できます。あまりにもひどい派遣法の脱法行為に対し、制裁として直接雇用関係が成立することにし、脱法行為を抑止しよう、という趣旨だからです。
 けれども問題は、一般的な労働法に比較すると、かなり異色である点です。
 すなわち、一般的な労働法の規制やルール、裁判例は、たしかに、形式だけ整えても実態が伴っていなければ、その実態に即した解決を指向します。具体例は沢山あります。サービス残業(実際の残業時間が問題になります)、名ばかり店長・役員(労働者・非管理職者としての実態が問題になります)、追い出し部屋(仕事を与えているようで、実態は退職させようという意図が問題になります)、偽装請負・偽装業務委託など(実態は派遣や直接雇用ではないか、が問題になります)、等です。この場合、実態が労働者として労働法が適用されるべき場合である、派遣従業員として派遣法が適用される場合である、と事実認定されてしまうと、契約やそれに適用される法律ではなく、労働法が適用されることになります。つまり、労働法では、契約書などの形式的な文言にとらわれず、実態に即したルールが適用されるのです。
 この観点から本条を見ると、一面で、伝統的な労働法に合致しています。実態を見ているからです。つまり、実態が派遣なのに、形式上違う契約形態となっており、そこに派遣法潜脱「目的」があれば、契約通りのルールが適用されないのです。
 けれども、重要なのは、伝統的な労働法と合致しない面がある点です。
 すなわち、本条は(従業員からの「承諾」が必要とは言え)派遣の実態を偽装した場合に、その実態である派遣関係が発生するのではなく、さらにそれを飛び越して、実質派遣先との間の直接雇用関係を発生させてしまいます。実態以上の効果が発生してしまうので、本条自身が、実態と合致しない法律関係を作り出してしまうのです。このように、実態に即したルールを適用しよう、という労働法のこれまでの一貫した姿勢は、会社経営者にとって時には厳しすぎると感じる場合もありますが、それでも実態に即しているという一貫した姿勢が明らかであったため、合理性があったと評価できるでしょう。
 けれども、実態に合わない契約と運用を行っていた会社に対し、本条は、実態に合致したルール(派遣社員として取扱う、というルール)ではなく、さらに実態以上に会社にとって対応の難しいルール(自社の従業員として取扱う、というルール)を適用します。本条が国会で成立した正式なルールである以上、新たなルールとして受け入れざるを得ませんが、実態に即したルールを適用する、という従前の労働法の一貫した姿勢と明らかに異質であることは、容易に理解できるでしょう。
 この観点から見た場合、実態が直接雇用に近いことから直接雇用契約の成立を認めるべき場合もあるでしょうが、実態がせいぜい派遣関係にすぎず、直接雇用契約の成立を認めることに問題のある場合も生じます。
 したがって、本条の適用範囲は、機械的に他のルールで用いられている概念をそのまま適用することで決めるのではなく、実態はせいぜい派遣関係にすぎないのに、直接雇用関係まで認めることになっても仕方がない場合かどうか、という観点も考慮して、条文上の文言の解釈や適用が行われるべきです。
 
2.「目的」要件
 このような配慮があってか、1審では、Yに派遣法潜脱・偽装請負の「目的」があったかどうかを認定するためには、客観的な事情の存在により認定される、とその証明手段を限定しました。
 けれども、このような証明手段を限定することは、権利関係を規律する実体的なルールを定めた法律では、特に明文でその旨が示されない限り、通常認められません。かなり無理した解釈と思われます(だからこそ、本条の適用範囲を合理的な範囲に限定しようとしていたのかもしれません)。
 これに対して2審は、証明手段は限定されない、として1審の限定解釈を否定しました。そのかわり、潜脱行為を行った認識、すなわち悪意があるだけでは足りない、という解釈を示しました。証明手段ではなく、ルールの範囲そのものの限界を明確にしたのです。
 もっとも、結論として1審も2審も「目的」の存在を肯定しました。ここで行われた議論は何だったのか、とも思われます。結局のところ、「目的」要件の解釈に関するあくまでも参考にすぎません。
 しかし、今後は「目的」の有無について、単なる悪意にとどまらず、これを超える積極的な心理状態が必要である、という解釈が高裁の判断として示されたことの影響は、少なからずあるでしょう。少なくとも、「目的」の有無の認定は慎重に行われなければならない、という影響があるでしょうし、さらに悪意を超える心理状態としてどのようなことが必要となるのか、が今後の重要な論点になるように思われます。
 
3.「承諾」要件
 さらに、本条が適用される場合には、会社が実質派遣従業員に対して、直接雇用を申し込んだとみなされますが、そうすると直接雇用が成立するためには、実質派遣従業員がこれを「承諾」することが必要となります。そして、1審・2審いずれも、この「承諾」要件を厳格に解釈し、適用しています。
 1審での議論がさらに2審でより深く掘り下げられていますので、2審の判断だけ簡単に整理しましょう。
 すなわち、一般的な考え方としては、「新たな労働契約の締結を内容とするもの」「承諾の意思表示と実質的に評価し得るもの」であることが必要、としています。けれども、漠然と直接雇用であれば了解、という単純なものではなく、派遣の場合と異なる様々な条件(中には、派遣の場合よりも従業員にとって不利益な条件もあり得る)全てについて、(たとえ明確ではなくても)受け入れるつもりであることが明確でなければならない、としています。新規採用の際の雇用条件通知書や各種就業規則などの説明と了解のような、詳細なレベルまでの認識と了解までは要求していませんが、「少なくとも、使用者が変わることに伴って必然的に変更となる労働条件等があったとしてもなお派遣元との従前の労働契約の維持ではなく派遣先との新たな労働契約の成立を希望する(選択する)意思を派遣労働者が表示したと評価し得る者でなければなら(ない)」と判断したのです。
 そのうえで、並行して行われていた団体交渉は、たとえその申入れ事項の中に組合員の直接雇用があったとしても、個人の直接雇用契約締結の意思と見做すことはできない、実質的に見ても申入れ事項は派遣契約と直接雇用契約の良いとこ取りの要求であって、不利益な条件変更も含めた労働契約の締結と異なる、等として、「承諾」要件が満たされない、と評価しています。
 これが、例えば有期契約の無期契約への転換(労契法18条1項)の場合には、(従業員側から無期転換の申込みが必要など、構造が若干異なるものの)転換されても契約条件に大きな変更はない(期間だけ)こともあり、暗黙の了解のような場合でも成立が認められます(黙示の合意など)。これに比較すると、簡単には黙示の了解・黙示の合意が認められないことになりますから、2審は、「承諾」要件を厳格に解釈することで本条の適用範囲を狭くしていると評価できるでしょう。
 直接雇用になることは、必ずしも派遣契約よりも有利とは限らない中で、本条によって強制的に直接雇用関係が成立する以上は、「承諾」要件も直接雇用であることに対する覚悟も必要、という趣旨でしょうか。直接雇用関係を強制的に作り出す以上、実態がそれに適したものであるべきであって、その観点から「承諾」要件を厳格に解釈した、と評価できます。
 
4.実務上のポイント
 本判決は、実態が「派遣」である場合に、脱法目的があれば「直接雇用」を作り出す、という労働法のルールとしては一般的とは言えない本条の適用範囲について、その適用範囲を限定的に解釈し、実態に近づけようとしているものと評価できるでしょう。
 このように、本条の適用に関し、他の条文やルールと同じ文言だから同じように解釈する、という機械的な解釈適用ではない方向を示す先例として、今後の参考になります。
 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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