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労働判例を読む#90

今日の労働判例
【メトロコマース事件】東京高判H31.2.20労判1198.5

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、地下鉄の売店の有期契約者Xが、給与や諸手当などの雇用条件について、正社員に比較して不合理な相違があると主張したもので、2審は1審よりも広く、不合理な相違があると認定しました。

1.比較対象
 ハマキョウレックス事件を引用し、有期契約者と無期契約者の雇用条件の違いについて、金額だけでなく、問題となっている雇用条件の趣旨を個別に判断し、合理性を評価する、という枠組みを採用しています。
 この点は、既に多くの裁判例が採用する判断枠組みで、裁判実務上既に確立したものですので、ここでは特に検討しません。
 比較方法として特に注目されるのは、具体的に誰の雇用条件を比較するのか、という比較対象の問題です。
 すなわち、1審では、正社員全てと有期契約者を比較していますが、2審では、正社員全てではなく、同じ地下鉄の売店に勤務する正社員と有期契約者を比較しています。
 これは、不合理かどうかの判断は、不合理を訴える有期契約者の主張を吟味することになる、という位置付けから、Xが比較してほしいと求める正社員について比較する、という理由です。
 理由付けは異なりますが、「日本ビューホテル事件」(当連載#88、8/29、労判1197.55)でも、第一次的にはXの求める比較対象について比較検討する(この事件では、無期契約時代のX自身の雇用条件と、有期契約時代のX自身の雇用条件)、という枠組みが示されており、Xに比較対象を決めさせる点で、共通する考え方が示されたことになります。

2.経緯
 次に、具体的な比較の中で、雇用条件の差が生じた経緯が重視されている点が注目されます。
 これは、本給や資格手当、賞与に関し、売店に勤務する正社員の方が高いことの合理性を基礎づける事情として裁判所が引用するものです。
 すなわち、関連会社の事業再編に伴って、雇用条件の良い正社員が地下鉄の売店専属となったという経緯も1つの事情として考慮されて、差がついていることの合理性が認定されたのです。ここでは、正社員の雇用条件を簡単に切り下げられない事情が考慮されたようです。
 長期雇用を前提とした正社員と、それを前提としない契約社員との違いが考慮されることが、多く見かけられますが、その具体的な違いの1つとして、簡単に解雇したり雇用条件を切り下げたりできない事情が指摘されているのです。
 他方、住宅手当については、このような経緯が考慮されていません。
 すなわち、正社員と言えども売店業務に従事する正社員は、現実的に転勤することはなく、この点で住宅手当の支給に差を設けることの合理性が無い、と評価されたのです。
 けれども、例えば、売店業務に従事する正社員の住宅手当を廃止する場合には、その部分について就業規則の不利益変更に該当する可能性もあるでしょうから、会社として簡単にできるものではなく、雇用条件の切り下げが難しい、という点で本給や資格手当とどこが違うのか、議論の余地があります。裁判所はこの点を詳細に説明していませんので、今後、議論される余地のある点でしょう。

3.褒賞
 次に、褒賞の相違の評価が注目されます。
 これは、規定上は「業務上顕著な功績があった社員に対して褒賞を行う」と定められているものの、実態は勤続10年や、定年退職時に、正社員であれば当然に支給されることになっているものです。
 裁判所は、この実態の部分を捉え、正社員とXとの相違の合理性を否定しました。

4.退職金
 次に、退職金の相違の評価が注目されます。
 すなわち、裁判所は、退職金の複合的な性格を認めつつ、長年の勤務に対する功労報償の性格もあることに照らせば、Xに全く支給しないことは不合理である、少なくとも正社員の1/4は功労報償として相当、と評価した点です。
 どこから1/4が導き出されるのかについては、理由が明らかにされていませんが、雇用条件の趣旨から個別に判断する、という枠組みを根拠に、複合的な性格を有する退職金について、その複合的な性格のうちの一部について不合理性を認めたものとして、注目すべき判断です。
※ 40年のところ10年だから、1/4という、意見もある。

5.実務上のポイント
 同じ住宅手当でも、長期雇用を前提とする正社員だから大丈夫、というわけではなく、この裁判例のように(説明として十分ではない面もありますが)転勤を予定しない正社員と比較した場合には、不合理である、と評価されることが明らかになりました。
 契約形態から抽象的に議論されるのではなく、雇用の実態から具体的に検証されることを考慮して、勤務条件の違いの合理性を検証しましょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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