労働判例を読む#192

【国・札幌東労基署長(紀文フレッシュシステム)事件】札幌地裁R2.3.13判決(労判1221.29)
(2020.10.9初掲載)

 この事案は、会社Aのチルド食品の配送などを行う会社の受注データの受信や伝票の出力を行うセンターにアルバイトとして1年半近く勤務した女性原告Xが、上司Bからたびたびセクハラを受けた(卑猥な言動の対象となった)ことによって精神障害(うつ病)を発症した、として労災認定を申請した事案です。
 労基は労災認定しませんでしたが、裁判所はこれを認定し、労災認定を覆しました。

1.判断枠組み(ルール)

 業務起因性(=相当因果関係)の判断は、精神障害に関する業務起因性の認定基準が基本になります。これは、当時の最新の医学的知見も踏まえていて信頼できる、というのが理由で、原則として裁判所もこれを判断枠組みとすることは、裁判例として確立しています。
 この認定基準は、パンフレットとして読みやすくまとめられて、厚労省のHPで紹介されていますので、一度はそれを直接ご覧いただきたいと思います。
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html
 そこで、ここでは本事案に関係する大きな枠組みだけ概観します。
 すなわち、認定基準では、精神障害の要因を3つに分類し、それぞれの強度を測定します。1つ目は職場でのストレス、2つ目は職場外(家庭など)でのストレス、3つ目は本人側の要因(既往歴やアル中など)です。そして、強度を測定する方法として、特に職場でのストレスは、様々な事象ごとに、一般的な強度と、それが修正される場合に考慮すべき事情が、表形式でまとめられています。
 具体的には、例えば「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」、という事象について、一般的には「中」程度とされますが、被害者が死亡し、本人も巻き添えにあったかもしれないような場合、等には「強」程度になる、と示されています。
 ハラスメントに関する事象としては、36類型中36番目の事象として挙げられています。一般的には「中」程度とされていますが、「強」程度になる例として、以下のような例が列挙されています。
① 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって、継続して行われた場合
② 胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって、行為は継続していないが、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合
③ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって、発言の中に人格を否定するようなものを含み、かつ継続してなされた場合
④ 身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって、性的な発言が継続してなされ、かつ会社がセクシュアルハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合
 また、特にセクハラの場合、ハラスメントの成否について、被害者本人がどのように感じたか、という主観的な基準ではなく、「平均的な女性労働者の感じ方」が判断基準として判断されている点も、注目されます。
 これは、認定基準の中では特に明確に示されていないようですが、「過敏な被害者」と言われる論点にもかかわります。すなわち、自意識や被害者意識が特に強い被害者の場合、常識的に何ら問題のない言動に対しても、それがハラスメントであるとして過剰な反応を示すことがあり、そのような場合にまでハラスメントは成立しない、という議論がされたことがありますが、このような議論を通して、ハラスメントの成否は、標準的な労働者の感覚に基づいて判断する、という「客観説」が採用されることになりました。
 もちろん、被害者が精神的苦痛を感じなければ、少なくとも対価型のハラスメントは被害申告がされず、問題となる端緒がありませんから、被害者が精神的苦痛を感じたかどうかは、ハラスメント問題のトリガーとして重要です。
 けれども、ハラスメントの有無の判断では、あくまでも平均的な労働者が判断基準とされるべきなのです。

2.あてはめ(事実)

 ここでは、上記④に該当するかどうかが問題になりました。
 労基は、Bによるハラスメント行為の多くが認定されなかったこと、会社が適切に対応したこと、を認定して、「中」程度と認定し、セクハラの成立を否定しました。Xは、約2か月の間に、少なくとも6つのハラスメント行為があった、と主張しましたが、そのほとんど全てを否定したのです。
 ところが裁判所は、6つの行動全てを認定し、しかもいずれもハラスメント行為と認定しました。この認定は、Bが「記憶にない」と言っていることに関し、Bの主張が一貫していないことなどと合わせてBにとって不利に評価しています。そのうえで、Xや他の証人の証言内容、前後の言動との整合性など、各行為について一つずつ詳細に検証し、行為の存在と、ハラスメント性を認めたのです。
 また、Xからの申告や要望に対し、Aは、実際に会って話を聞き、それなりの調査と回答を行うような対応をしても、十分に話を聞かなかったり、Xの精神的な苦痛を緩和するための対策を講じなかったりしており、適切な対応がされていないと認定しました。これは、Xの見えないところでXの申告内容を調査検討したり、対策を検討したりした(結局、対策は講じないこととなった)点を重視して、適切な対応をした、とする労基の認定に比較すると、メンタルの原因となるストレスの軽減が図られたかどうか、という、①~④の具体例が示された趣旨により合致するもの、と評価できます。

3.実務上のポイント

 労基と裁判所が、ハラスメントやメンタル等の健康配慮義務に関する労災認定で判断が逆になる場合が、労働判例としてときどき紹介されます。
 その裁判例を見ると、労基と裁判所の判断が逆になる理由にも様々な理由のあることがわかりますが、この事案で、特にハラスメント行為の認定についてその原因を考えてみると、事実認定の方法に原因があるように思われます。
 すなわち、労基の場合には、もちろん基準監督官が様々な関係者から事情聴取したうえで、できるだけ中立公正に判断しようとしているのですが、訴訟での反対尋問や、相手方からの反論(主張)のように、事実の有無やその評価について、両者の意見を戦わせる機会がありません。また、このような制度的な違いにも影響されるのでしょうが、裁判所の判断では、証言に一貫性がないとか合理性がないというような、証拠の信頼性に対する丁寧な検証が行われますが、労基の場合にはそこまで踏み込んだ事実認定がなかなか行われないように思われます。
 ところで、この事案ではXが内部通報制度を利用しました。
 Aも、Bにヒアリングした結果の報告をXに行うなど、一応の対応をしていますが、他方で、Xをアルバイトから嘱託に変更しない理由として、Xが内部通報したという噂があるので嘱託社員に推薦できない、などと説明しています。
 内部通報に対するAの対応それ自体が問題にされたわけではありませんが、裁判所が会社の対応を不十分と評価した背景には、このような内部通報制度の運用の不十分さが影響しているようです。
 内部通報の制度設計や運用に際し、秘密確保の重要性が重要であることは、このような形でも表れてくるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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