労働判例を読む#325

今日の労働判例
【リクルートスタッフィング事件】(大阪地判R3.2.25労判1246.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、派遣労働者Xが、派遣先への移動に関し交通費を支給されなかったことが、これを支給される無期契約社員との間の不当な差別であり、同一労働同一賃金の原則に反し違法であるとして、雇用主である派遣元会社Yに対して損害賠償を請求した事案です。
 裁判所は、旧労契法20条のルールを適用しつつ、結論として違法ではないとして、Xの請求を否定しました。

1.旧労契法20条
 裁判所は、旧労契法20条が定められた経緯などを詳細に検討し、派遣労働者に対する適用を否定する理由がないと判断しました。なお、厳密には労契法20条の「規律を及ぼし」て判断する、と表現しています。条文の適用を認めたのかどうかよく分からない表現ですが、旧労契法20条の判断枠組みがそのまま用いられていますので、旧労契法20条が適用されたとも評価できます。
 ここで特に注目されるのは、派遣労働者との労働条件の違いが比較される対象は、派遣元の無期契約社員よりも、派遣先の無期契約社員が中心になる、と指摘されている点です。
 この意味も明確でありません。けれども、判決がこの後で、派遣元の無期契約社員との比較が中心となっているけれども、だからといって旧労契法20条の適用外などと簡単に処理していないことが注目されます。この点から考えると、派遣先の無期契約社員と比較する場合には旧労契法20条が厳密に適用されるが、派遣元の無期契約社員と比較する場合には、処遇の違いの合理性が比較的認めやすい、ということでしょうか。

2.通勤手当の性質・趣旨・目的
 旧労契法20条に反するかどうかの判断は、それぞれ問題となっている手当や処遇ごとに、その性質・趣旨・目的に照らして、手当や処遇の違いが合理的かどうか、という形で判断します。問題は、その性質・趣旨・目的をどのように認定するのかということですが、手当や処遇の名称や規定だけでなく、その運用実態などから個別具体的に認定します。
 実際この裁判例でも、判決は、通勤手当の性質・趣旨・目的について、通勤に要する交通費を補填する、という他の事案で認定されるような性質・趣旨・目的ではなく、異なる認定をしました。
 具体的には、①通勤手当を受給する従業員にとっては、配転命令による就業場所の変更などがありうるので、配転命令を受けやすくする趣旨があり、②通勤手当を受給しない従業員にとっては、その分手当が高めに設定されているので、魅力的な労働条件として求人を可能にする趣旨がある、と認定されています。この認定も、Yでの通勤手当支給の実態に基づいて判断されているのです。

3.合理性
 次に、ここで認定された通勤手当の性質・趣旨・目的に照らして合理性の有無が判断されますが、ここでは条文の記載どおり、❶職務の内容、❷変更の範囲(職務の内容と配置の変更の範囲)、❸その他の事情の3点が判断枠組みとなります。
 ❶については、派遣社員は自ら選んだ業務しかしないのに対して、比較対象となる無期契約社員は、職種・勤務地の限定がなく、人材派遣会社の基幹業務を行うことから、両者は大きく異なり、共通するところがない、と評価しています。
 ❷については、派遣社員は決められた業務が一方的に変更されることはないのに対して、比較対象となる無期契約社員は、将来の幹部候補生として定期的に職種変更が行われる、など、両者の間では変更の範囲が大きく異なる、と評価しています。
 ❸については、派遣先従業員との処遇の差は問題とされていないこと、派遣社員は自ら職種などを選んで派遣先を決めていること、通勤手当などが支給されないパート・アルバイトよりも時給が高く、通勤手当を自ら負担しても不合理ではないこと、などを指摘し、不合理でないと評価しています。
 このように、裁判所は3つの判断枠組み全てに関し合理性を認めました。比較対象となる無期契約社員と派遣従業員は業務内容や責任が重なることがなく、処遇の違いを説明しやすい事案と言えるでしょう。

4.実務上のポイント
 旧労契法20条は、現在、パート法8条・9条となっており、特にパート法8条は条文の体裁も同様ですから、ここでの判断はパート法の下でも参考になります。
 この事案は、派遣会社内部での処遇の違いが問題となり、派遣従業員と無期契約社員の違いが非常に明確でしたから、合理性は比較的容易に認められる事案と言えるでしょう。
 けれどもこの判決が、本来であれば派遣先の従業員の処遇との違いが中心的な問題である、と述べていることを考慮すると、派遣先の会社の無期契約社員と、派遣従業員が同様の仕事をしている場合には、合理性がより厳しく検証される可能性があります。特に、派遣従業員の場合には派遣会社に支払う費用などがある分、派遣従業員の受け取る手当が小さくなりやすく、無期契約社員との処遇の違いがより大きくなりやすい状況にあります。
 派遣従業員と派遣先の無期契約社員の処遇の違いが問題にされた場合に、ここで指摘されたように旧労契法20条(パート法8条・9条)が適用されて厳格に合理性が検証されるのかどうか、実際のところは分かりません。しかし、少なくともその可能性が示されたのですから、派遣従業員と派遣先の無期契約社員の間の❶~❸の違いを確認するとともに、処遇の違いが不合理と言われるほどかけ離れていないか、確認する必要があります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?