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労働判例を読む#386

今日の労働判例
【学校法人専修大学(無期転換)事件】(東京地判R3.12.16労判1259.41)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、専修大学Yの語学担当の非常勤講師Xが、有期契約での勤務が5年を超過したために無期転換を申し込んだところ、Yがこれを拒んだため、無期契約者であることの確認などを求めて争った事案です。裁判所は、無期転換を認めました。
 なお、損害賠償も合わせて請求していたところ、裁判所は、損害が発生していないとの理由で損害賠償請求を否定しましたが、この点の検討は省略します。

1.科技イノベ活性化法
 通常、有期契約が更新され、雇用期間が5年を超えれば無期転換されるのですが(労契法15条1項)、「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」が、「研究者」に関し、5年でなく10年とする特例を定めています(同15条の2の1項1号)。
 これは、じっくりと腰を落ち着けて取り組む研究で、有期契約の研究者がいると、5年の無期転換前に更新拒絶されかねないから、5年を10年に延ばした、とするものです。5年目の更新拒絶が研究者の地位を不安定にするのであれば、無期契約にすれば良さそうなものですし、有期契約の本来の構造から考えると、いつ更新拒絶されるかわからない不安定な状態が5年から10年に延びるのですから、この「10年越え特例」は、その意味や趣旨を理解する際に混乱してしまう、少しややこしいルールです。
 実際、Xは5年を超えた後に無期転換を申し込みました。結果的に「10年越え特例」が適用されずに無期転換が認められましたが、仮にこれが適用されれば、有期契約者という不安定な地位がさらに延長されました。じっくりと腰を落ち着けて研究に取り組むのを支援するのに、「10年越え特例」は、5年目以前の場合には、「延長」というメリットがあるかもしれませんが、5年目以降の場合には、「延長」はデメリットのように思われます。
 さて、本事案での主な論点は、このルールの良し悪しではなく、Xが研究者かどうか、という点です。
 研究室も研究課題もなく教育だけ担当していたのですから、Xが研究者ではないと評価された点は、それほど不合理に感じませんが、控訴されていますので、控訴審で何か1審と異なる事情を考慮した異なる判断がなされるかもしれません。

2.実務上のポイント
 労働法に関わっていると、一見もっともな理由・趣旨が説明されるが、実は理論的に一貫していないようなルールにときどき出会います。
 かといって、理屈だけ通しても、会社経営と従業員の生活のどちらかがおかしくなってしまいかねません。
 労働法の世界では、会社経営と従業員の生活の両立が目指されますので、理論的に一貫させることよりも政治的に妥協することが優先される場合があります。最初は一貫していないと思われることも、ルールを作る過程(立法過程、行政上のルールを作る過程、訴訟、団体交渉等)での積み重ねにより、そこに新たに一貫したルールが形成されることもあるでしょう。
 「10年越え特例」も、理論的に見るとおかしなルールで、労使の妥協の産物かもしれません。けれども、労使の利害を調整し、バランスを取るためのルールとして見た場合には、それなりに有効に機能しているのかもしれません。
 このように、労働法の世界では、ルールの良し悪しだけでなく、存在するルールをいかに適切に運用していくか、という観点も重要となります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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