労働判例を読む#280

【長崎自動車事件】(福高判R2.11.19労判1238.5)
(2021/8/5初掲載)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、バス会社Yで労働組合が分裂し、少数組合に所属する組合員Xらが多数組合に所属する組合員らに対して恫喝を行ったなどとして、Xらに対して懲戒処分や配置転換を命じた事案です。Xらは、それぞれの命令の無効や損害賠償などを求めました。
 1審は、各命令の無効を確認し、損害賠償請求を否定しましたが、2審は、各命令の無効を確認するだけでなく、損害賠償請求も一部(慰謝料5万円など)認めました。

1.懲戒処分
 懲戒処分(出勤停止5日~7日)については、Xら全員について懲戒事由に該当しているとしつつ、処分が重すぎると評価しました。
 重すぎる理由の1つは、過去の同様事案と比較して重すぎる、という点です。
 さらに注目されるのはもう1つの理由です。それは、バス運転手らにバスを配車するルールについて、多数組合と少数組合の話し合いが成立せず、Yが配車ルールを定めたところ、それが一見公平なようで実は多数組合優遇であったこと、それが少数組合員の怒りを誘発したこと、したがってこれが「クリーンハンズの法理に照らし」合理性・社会相当性に問題があること、を根拠にしています。
 後者の理由は、Yのそれまでの配車の政策に関わります。すなわち、Yではかなり以前から、バスの運転手ごとに担当車両を決め、それぞれが担当車両に対して愛着を持つようにしていました。そのことから、新車が割当てられることが名誉であり、割当車両のない運転手は不明と感じるような状況でした。ところが、組合分裂により組合の規模に応じて組合ごとに車両を割り当てるというルールにした結果、多数組合から少数組合に移籍する運転手は車両の割り当ても外されることになることとなり、非常に屈辱的な思いを抱くようになったのです。
 車両の割当てという、一見すると単なる業務配分にすぎないようなことが、従業員の名誉感情に大きな影響を与えていたという特殊な状況を、裁判所は懲戒処分の有効性判断の重要な要素と評価しました。これは、Xらの感情的な言動を懲戒処分の対象としていることから、その感情的な言動の原因を明らかにする必要があり、その結果、車両の割当てに対する従業員の感情的な受け止め方も考慮する必要があった、と評価できるでしょう。

2.配置転換
 配置転換については、協調性のない従業員を配置転換することは、企業秩序を守るという観点から必要性・合理性が認められる場合が多いように思われますが、裁判所は懲戒処分に関する上記判断を引用して同じ結論を出しています。
 すなわち、YがXらの怒りを誘発したことから「クリーンハンズ」によって必要性・合理性が認められない、ということのように思われます。
 けれどもこの点については、厳格な合理性が要求される懲戒処分の場合と、会社側に原則として裁量権が与えられている配置転換の場合とでは、処分の必要性・合理性が求められる水準は当然異なるはずです。すなわち、たしかにXらの怒りをYが誘発したから懲戒処分は許されないが、乱れてしまった企業秩序を回復するためにXらを配置転換することは、止むを得ないもので許容される、という評価も可能と思われます。
 この点から見ると、配置転換の有効性に関するYの判断は、理由の説明が少し足りないように感じられます。

3.実務上のポイント
 割当てられるバスへの愛着やプライドのような感情的な面が非常に重視されており、判決文を読み始めたところでは違和感を覚えましたが、Xらの感情的な言動がYの処分の重要な根拠となっていることから、しかもバスへの愛着やプライドをYが意図的に促進してきた様子でもあることから、読み進めるにつれてなるほどと思うようになりました(上記2の違和感は残りますが)。
 企業経営、特に経営組織論の観点からも、企業風土や従業員のベクトルなどは、経営の重要なツールとされており、その観点から見ると、企業風土を含めXらの怒りを誘発させてしまったことは、法的な問題にとどまらず経営上の問題としても反省すべき点が多くあったと考えられるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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