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労働判例を読む#567

今日の労働判例
【久日本流通事件】(札幌地判R5.3.31労判1302.5)

 この事案は、残業代の支払いを求める運転手Xに対し、売り上げの10%が支払われており、これが残業代に相当する、等と主張する会社Yが争った事案です。
 裁判所は、Yの主張の多くを否定しました。

1.残業代かどうか
 売り上げの10%、という計算方法であり、金額が固定されていませんので、「固定残業代」とは言えないかもしれませんが、基礎賃金額と残業時間(労基法所定の計算方法)によらずに計算される手当がこれに代わるものという意味で、固定残業代と同様の問題を有します。広い意味で「固定残業代」の問題と言えるでしょう。したがって、どのような場合に所定の残業代に代わることができるか、という点で共通する要素があり、両者の基準は(これまでのところ)共通する問題として議論されています。
 ここでは、国際自動車事件の最高裁判例を引用して検討されており、歩合給をベースにした「固定残業代」という点で共通しますから、広い意味では「固定残業代」の問題と位置付けることができますが、狭い意味での「固定残業代」の判断にどのように影響するのか、今後の動向に注目しましょう。
 この広い意味の「固定残業代」の判断基準について、「熊本総合運輸事件」(最二小判R5.3.10労判1284.5)が、最高裁判決として最新の判断基準を示したものですが、そこで示された判断枠組み(私は、①判別可能性、②対価性、③合理性の3つと評価しています。読本2024年版194頁)を、この裁判例がどのように活用しているのか、見てみましょう。
 この点(売り上げの10%という手当が、残業代に該当するかどうか)に関する本判決の記述は極めて短く、しかも①~③に沿ったものではありませんが、以下のように整理できるでしょう。
❶ 手当が賃金規定の定める内容と異なり、従業員への説明・同意もない。
❷ 手当の中の、通常勤務部分と残業部分が区別されていない。
❸ 労働時間と無関係だから、会社が労働時間を把握しなくてもよく、残業抑制という労基法37条の趣旨に反する。
 このうち、❷は、国際自動車事件など、多くの最高裁判例が言及する②対価性に関するものです。②対価性は、労基法37条で定まる金額以上の金額が支払われればそれで十分、とする考え方からすると説明がつかず、判断基準として合理性があるのか、議論がある点です。
 ところが❸が、この②の合理性を説明するもの、と位置付けることができるでしょう。
 すなわち、実際の労働時間と関係なく定められる歩合給等を残業代の原資とすることを広く認めてしまえば、会社に対し、残業時間を把握して、それを減らそう、という動機づけができなくなってしまう、ということのようです。これは、労働時間で計算される給与・手当と、そうではない歩合給などで計算される手当は、②対価性がなく、残業代と認めるわけにはいかない、という意味で、②対価性につながっていくように思われます。しかも、残業を減らすことを目的とする労基法37条の趣旨に合致した理論であり、それなりに説得力があります。
 けれども、この考え方を推し進めると、歩合給のような手当を残業代に充てることが全てできなくなります。時間をかけようがかけまいが、仕事の成果・歩合によって金額が決まる手当を残業代に充てると、残業時間の把握や削減に貢献しないことになるからです。
 このようにみると、歩合給などを残業代に充てることの最大の障壁である②対価性の内容が不明確であり、歩合給などを残業代に充てることが非常に難しいことの理由がよくわかってきますが、他方、②対価性の内容をより明確にすることで、歩合給などを残業代に充てることができる条件を明確にしていくことが必要でしょう。
 今後の展開が注目されます。

2.実務上のポイント
 ここでは、他に、実際の労働時間の認定もされました。
 例えば、点検や給油、とされていた時間も休憩時間ではないか、待機、とされていた時間はどうか、というように、問題となるカテゴリーごとに、実際の状況を認定し、一つずつ労働時間かどうかを判断しています。このような労働時間の判断方法は、他の裁判例でも見られる方法と同じで、具体的にどのような状況でどのように判断されるのか、参考になります。
 また、上記1に関し、当該手当てが残業代に充てられないとしても、出来高払制の賃金に該当するかどうか、についても議論されています。
 労基法37条5項(と、これに基づく労基法施行規則21条)は、定めのないものは全て基礎賃金に含まれるように規定しており、出来高払制の賃金であったとしても、基礎賃金に該当するように思われ、結論的に本判決も当該手当て全額について、基礎賃金に含まれると判断しています。
 けれども、基礎賃金に含まれる理由として裁判所は、諸規定や従業員への説明に記載がないことなどから出来高払制の合意がなかったことを理由としています。
 出来高払制であっても、基礎賃金に含まれない部分を設定することが可能である、という趣旨なのか、あるいは、出来高払制の賃金であっても基礎賃金に該当するのだが、その理由を補強・強化するために合意の有無に言及したのか、よくわかりません。
 歩合給などの手当が広い意味の「固定残業代」に該当するかどうかが議論される機会が増えており、基礎賃金に該当するかどうか、という点の議論も、今後、注目されます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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