労働判例を読む#362
今日の労働判例
【エイシントラスト元代表取締役事件】(宇都宮地判R2.6.5労判1253.138)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、倒産した会社の代表者Yが、従業員Xらの未払賃金等について賠償責任を負うかどうかが争われた事案です。裁判所は、Yの責任を肯定しました。
1.代表者の個人責任
本来であれば、法人と個人は法人格(法律上の主体となるべき立場)が異なりますので、代表者個人が、法人の負うべき責任を負うことはないはずです。
しかし、会社法429条1項は、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。さらに、民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。
いずれも、①行為者(ここではY)の行為(故意・重過失や故意・過失による行為)があり、②これが原因となって、③損害が発生した場合に、損害賠償責任を負うことになります。よく見るとこれは、Y個人の責任そのものです。法人の責任を個人であるYが負わされるのではなく、Y個人の言動に問題があったのかどうか、という個人としての責任が問われているのであって、裁判所も、法人が責任を負えば代表者個人が当然責任を負う、という説明をしているわけではありません。
そうすると、Yの言動のどこに問題があったのか、ということが問題になります。
裁判所は、❶会社に労務管理に詳しい者がおらず、自ら賃金等の支払いが適切にされるようにすべき義務があった、❷しかしそのような確認等をしなかった、点をYの責任の根拠としました。
例えば、有名な「大和銀行ニューヨーク支店損失事件」の1審判決(大阪地判H12.9.20判時1721.3)では、現実にニューヨーク支店での業務管理などに関与しておらず、不正防止などが期待できない役員については賠償責任が発生しないと認定しており、役員個人が責任を負うのは、そのような役員個人の義務違反が認められる場合です。
とはいうものの、本事案でのYの責任に見られるように、賃金等が適切に支払われるようにすべき義務(❶)とその違反(❷)は、体制が整っていない以上、実際の支払内容が適切であることの確認が必要、と認定されており、体制作りという比較的抽象度の高いレベルの義務と、具体的な支払金額の確認という比較的具体どの高い義務の両方が認められています。非常に幅の広い義務とされていますので、注意が必要です。
2.実務上のポイント
さらにこの事案では、Xが運行日誌をコピーして証拠としたことが、違法収集証拠となるかどうか(違法収集証拠となると、証拠として使えなくなります)が争われました。
裁判所は、これを特に咎められたこともなく、客観的な事実が記載されているもので秘密性が低く、運転手が業務改善のために閲覧することも前提とされていること、等を根拠に、違法収集証拠ではないと認定しました。
会社の情報を従業員が持ち出すことについて、例えば秘密情報漏洩を理由とする懲戒処分をする場合などもあり、その違法性が様々な場面で議論されています。会社側が、その情報を秘密情報として適切に管理していなければ(本事案では、特に咎めたりしていない)、秘密情報を持ち出したとして従業員を非難することが難しくなりますので、注意が必要です。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!