労働判例を読む#254

【名古屋自動車学校(再雇用)事件】名古屋地裁R2.10.28判決(労判1233.5)
(2021.5.19初掲載)

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 この事案は、定年後再雇用された従業員Xら2名が、その処遇が低く、正社員との不合理な差別であるとして、会社Yに対し同一の処遇や損害賠償を求めた事案で、裁判所はその一部を認めました。

1.旧労契法20条
(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の①業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲③その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
 一般に、①「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」のことを、「職務の内容」と略称し、②「当該業務の内容及び配置の変更の範囲」のことを、「変更の範囲」と略称し、これに③「その他の事情」を合わせた全体のことを、④「職務の内容等」と略称します(④=①+②+③)。本判決も同様の用語法を採用しています。

2.裁判例の位置付け
 本判決の出された2週間ほど前の10月15日に、同一労働同一賃金に関する最高裁判例が5つ出されました。日本郵便3事件(佐賀#234、東京#235、大阪#236)、大阪医科薬科大学事件(#237)、メトロコマース事件(#238)です。さらに本判決は、定年後再雇用者の雇用条件に関わる事案ですので、定年後再雇用に関する長澤運輸事件(#19)も参考になります。
 本判決は、特に前者の5つの判例と同様、検討対象の労働条件ごとに個別に判断する方法を採用しており、その際、制度の性質・目的を確認し、これに照らして合理的かどうかを④「職務の内容等」について判断する、という判断枠組みを採用しています。総額でざっくりと判断するのではなく、個別に一つひとつ判断していく方法が、判例上原則ルールとして定着したと評価できるでしょう。
 また、この判決は、結果的に不合理とされた部分について、有期契約者の処遇が正社員と同一になるのではなく、合理的な金額との差額について損害賠償請求が認められると判断しており、この点もルールとして定着したと評価できるでしょう。
 結論としては、基本給、賞与、皆精勤手当、敢闘賞について不合理として、損害賠償請求を認めました。このうち、基本給と賞与については、正社員の60%に足りない部分を不合理とし、全部ではなく一部についてだけ損害賠償を認めました。最高裁判決で、一部についての不合理性を認めたものは無さそうですが、いくつかの下級審判決では既にこのような判断が示されています。何を根拠に一部についての不合理性を認定するのか不明確であるなど、批判もあるところですがこの点の検討は省略します。

3.基本給・賞与
 基本給や賞与については、会社の人事政策の根幹部分です。大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件は、退職金と賞与に関し、「正社員の人材確保・維持」という目的の合理性を認たうえで、会社の裁量を比較的広く認めて、有期社員にこれらを支給しなくても合理的と評価しました。
 ところが本判決は、基本給と賞与について(正社員の60%を下回る範囲で)不合理と評価しました。この点は、会社の人事政策上の裁量の幅を狭くすることになりますから、この2つの判例とは方向性が逆の判断ですが、なぜこのような判断がなされたのでしょうか。いくつかの考えられる理由を検討しましょう。
 1つ目は、①~③の問題です。
 すなわち、本判決では詳細に正社員と有期契約者の雇用条件を比較し、①「職務の内容」と②「変更の範囲」が同一であると認定しました。そして、③「その他の事情」として定年後再雇用である点を考慮するとしています。このことは、定年後再雇用であることだけを理由に合理性が説明できなければならないことを意味します。具体的には、退職金を取得していることと、老齢厚生年金等を受給していること、長期雇用を予定していないこと、役職者などになることが予定されないこと、が会社側に有利な事情として指摘されています。
 けれども、これらの事情を考慮したとしても、賃金の総支給額が60%程度になってしまうことの合理性は認められないと評価されました。
 このように、①②が同じであると評価されてしまうと、③だけで合理性を説明する必要があり、当然ハードルが高くなるのです。
 2つ目は、パート法9条との関係です。
 パート法9条は、①「職務の内容」と②「変更の範囲」が同一であれば、それは通常の労働者と同視すべき有期契約者であると評価され、「短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。」と定めています。
 本判決にこの規定は適用されませんが、この規定は、同8条と共に旧労契法20条(本判決にはこちらが適用される)の廃止に伴い、これに代わるものとして導入されたものです。「同一労働同一賃金」は、「均等」「均衡」を内容としていると言われています。職務内容が同一の場合には労働条件は同一でなければならず(均等)、職務内容が異なる場合にはそれぞれに応じた適切なものでなければならない(均衡)とされていました。パート法9条はこのうち、「均等」に関するルールであると言われます。
 つまり、①②に関して正社員と同じ仕事をさせているのであれば、「基本給、賞与その他の待遇」を同一にしなければならないと定められているのです。
 このように見ると、本判決が①②が同一である有期契約者の基本給と賞与について、異なる取扱いを不合理と判断したのは、このパート法9条の規定を意識してのことである、と評価できるでしょう。
 3つ目は、「正社員確保・維持の必要性」です。
 大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件は、退職金や賞与を有期契約者に支給しない合理性の根拠の1つとして、「正社員確保・維持の目的」を指摘します。
 しかし、定年後再雇用者よりも正社員の処遇を良くしたとしても、そのことを就職の動機にする人はいなさそうです。むしろ、自分が定年後どうなるかを考えると、定年後再雇用されるとしても処遇が大幅に下がるのであれば、正社員として入社する意欲を低下させてしまうでしょう。それにもかかわらず、①②のように同じ仕事をさせられるのですから、これはなおさらのことでしょう。
 「正社員確保・維持の目的」は、補助的な業務を行う有期契約者と異なり仕事の責任も重いが処遇も良い、という場合、つまり異なる主体の間で職務内容や責任と処遇が異なる場合に機能するのであって、同一人物の処遇が変化するような場合には機能しない、と評価できそうです。
 4つ目は、給与水準の低さです。
 裁判所は、賃金センサスを引き合いに出し、定年前ですら賃金水準が低いのに、定年後再雇用の賃金水準はさらに低いことや、それが入社間もない従業員(年功制の下で低く抑えられているうえに、能力も低い)よりも低いことから、「生活保護の観点からも看過し難い水準に達している」と評価しています。 そのうえで裁判所は、「労働者の生活保障という観点も踏まえ」と明言して不合理性を認めています。
 たしかに、「同一労働同一賃金」は無期契約者と有期契約者の間の処遇の違いを問題にします(相対評価)が、かといって例えば最低賃金法を下回るような違法な処遇を認めるわけにもいきませんから、有期契約者の処遇それ自体の合理性もある程度影響を与える(絶対評価)のはやむを得ない面があるでしょう。
 このことから結果的に見ると、裁判所は「同一労働同一賃金」に生活保障の機能も盛り込んでいると評価できるのです。

4.皆精勤手当・敢闘賞と家族手当
 皆精勤手当と敢闘賞が出社を促す目的の手当であって、これは正社員にも有期契約者にも当てはまる、という議論はこれまでも多くの裁判例で採用されてきたもので、特に目新しいものではありません。
 注目されるのは家族手当です。
 家族手当については、扶養家族の有無は正社員でも有期契約者でも違いはありませんから、有期契約者に家族手当を支払わないことを不合理とする裁判例も見かけられます。
 けれども本判決は、家族手当を「従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨」と認定したうえで、定年再雇用者に家族手当を支給しないことを合理的としました。給与と賞与ではあまり考慮されなかった老齢厚生年金の支給を受けている点も、ここでは会社に有利な事情として指摘されていますが、さらに裁判所は、定年再雇用者は正社員勤務後であることも指摘しています。正社員勤続中に家族を養う機会が十分にあったということでしょうか。
 通常の有期契約の場合と定年後再雇用の場合で、制度目的や合理性の判断が異なることについては、今後議論になりそうです。

5.実務上のポイント
 基本給と賞与ですが、本判決はパート法9条を意識していますので、本判決の判断枠組みや判断はパート法9条に関しても参考になるでしょう。
 そうすると、パート法9条の規定の解釈として、次の2点がポイントになります。
 1つ目は、①「業務の内容」や②「変更の範囲」について同一であっても、条文には記載されていませんが、③「その他の事情」が考慮される点です。
 2つ目は、「差別的取扱い」とは完全な平等ではなく、本判決のように60%の違いは許容されるなど、合理的な違いは許容される点です。この点は、従来言われてきた「均等」原則について、厳密に同一の処遇が必要とされるのではなく、その意味で「均等」原則が柔軟に解釈されることが示された、と評価できます。
 実際にパート法9条が適用される事案で、裁判所がどのように判断するのかが注目されます。

※ English version

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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