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労働判例を読む#104

今日の労働判例
【横浜A皮膚科経営者事件】横浜地判H30.8.23労判1201.68

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、皮膚科の病院経営者である医師Yが、Yが従業員Xに押しつけたタンブラーをXが振り払って中身をこぼしたことをきっかけに、Xを懲戒解雇した事案です。裁判所は、懲戒解雇を無効と評価したほか、Xによる本件訴訟の中で、YがXに対して提起した反訴(①XのYに対する暴行、②Xによる預かり金の着服、③Xによる有給休暇の不正取得、④Xによる引継資料不作成)に関し、①~③が不当な請求であるとして、Yの責任を認めました。

1.懲戒解雇することのリスク
 Yとしては、単にタンブラーの中身をかけられたことだけが原因ではなく、①~④という事実もあるのだから、懲戒解雇は有効だ、と考えたのでしょう。
 けれども、結果的に懲戒解雇が無効と評価されただけでなく、逆に、Yによる反訴が不当訴訟にあたるとして、責任を負わされることになりました。
 つまり、懲戒解雇する場合の使用者側のリスクとして、従業員に対する賠償金や解決金を支払わなければならない、というリスクや、懲戒解雇が無効となって、従業員との雇用契約の存在が認定される、というリスクに加え、従業員に対する訴訟が不当訴訟と評価されるリスクもあったのです。
 裁判所は、①~③について、Yの主張を裏付ける事実がない、と認定しています。すなわち、きつい言い方をすれば、ありもしない言いがかりであっても、それを理由にわざわざ訴訟(ここでは反訴)を提起するのであれば、もっともらしく受け止めてもらえるのではないか、という期待があったのかもしれません。
 けれども、このような形で訴訟を濫用する例は昔から存在し、最高裁判例(昭63.1.26判決民集42.1.1)も、違法訴訟とそうでない訴訟を分ける基準として、訴訟内容が、「事実的、法律的根拠を欠く」うえ、それを知り、又は知り得た場合のように、「訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」場合である、としています。
 そして、この事案で、裁判所もこの基準に基づき、Yの責任を肯定しました。
 特に、ワンマン会社に多く見られますが、裁判例の中にも、会社側が従業員の問題行動のエピソードを数多く主張しているものの、そのほとんどを裁判所が否定している例が見受けられます。お互いの受け止め方の違いでは説明がつかない、まさに事実無根なエピソードを堂々と訴訟で主張している事例もあり、当該労働紛争にとどまらない、もっと重大な問題になるのではないか、と心配してしまうような事案です。
 何としてでも、あいつを首にしたい、どんな手でも使え、という発想なのであれば、それは非常に危険な発想です。訴訟で負けるだけでなく、訴訟が違法であるとして、損害賠償責任を負わされてしまうのです。さらに酷い場合には、刑事責任(訴訟による詐欺、恐喝、強要など)を負わされるかもしれません。
 ルールに基づいた雇用が必要なのです。

2.実務上のポイント
 裁判所は、わざわざ、YがXに心を寄せていた時期がある、ということまで認定しています。このことも、Yの過剰な主張を認定する背景(例えば、Yの証言の信用性など)なのかもしれません。
 実務上の問題として、最後に指摘しておきたいのは、解雇言渡後の経緯です。
 具体的には、タンブラーの中身をかけられたその場で、YはXに解雇を言い渡しました。そこで、Xはすぐに帰宅してしまいます。したがって、それ以降、仕事をすることなく、以前から指示されていた引継資料も作りませんでした。さらに、失業保険の請求手続では、当初、退職勧奨を理由とする離職証明書を労基署に提出しています。
 これらの経緯から、Yからは、Xは懲戒解雇を容認していた、Xは必要な業務を遂行していない、そもそもYはXを懲戒解雇していない、などと主張しています。
 けれども、裁判所はいずれについても、懲戒解雇したYが、Xに仕事をさせるわけはなく、XがYの解雇の言渡しにおとなしく従ったところで、それを容認したことにはならないし、仕事をしない責任をXが負わされることにならない(労務の提供をするだけ無駄だから、労務の提供をしなくても、債務不履行にならない)としました。また、離職証明書の記載内容についても、経歴に傷がつかないように退職勧奨を理由にしたことや、その後、解雇を理由とする離職証明書を提出していることなどから、解雇の効力に影響がない、としています。
 解雇手続に対し、従業員がおとなしく引き下がり、職場に来なくなったからと言って、「解雇を容認した」「仕事をさぼっている」ことにならない、という点は、実際の手続きで留意すべきポイントになります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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