労働判例を読む#247

【鑑定ソリュート大分ほか事件】大分地裁R2.3.19判決(労判1231.143)
(2021.4.23初掲載)

YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、不動産鑑定事務所を運営する会社Yの取締役として登録されていた不動産鑑定士Xが、契約を解消されたことなどが違法である、ハラスメントを受けた、などと主張し、従業員としての地位確認や損害賠償などを請求した事案です。裁判所は、従業員としての地位を認め、未払賃金等の支払を命じましたが、ハラスメントは認定しませんでした。
 なお、Xの社会保険料をYが払わなかったことに対する慰謝料の請求もされましたが、裁判所はこの請求を否定しています。経済的損失について保険料を支払わなかった会社の責任が問われた裁判例はいくつかあるようです(労判1231.146右~の解説参照)が、精神的損害はあまり議論されていないようです。ここでは特に検討しません。
 ここでは、Xの従業員性とハラスメントについて検討します。

1.Xの従業員性
 この判決は、様々な事情を指摘して、Xが①指揮命令下で、②時間的場所的拘束を受けて業務を行っていたと評価し、労働者性を認めました。
 ここで、名目的な役員の従業員性について判断した最近の裁判例(学校法人信愛学園事件、横地判R2.2.27労判1226.57、労働判例読本2020年■頁)と比較してみましょう。信愛学園事件では、①②に該当するような典型的な従業員性の問題だけでなく、管理監督者性(労基法41条2号)を判断する際の判断枠組みと似た事情(❶経営との一体性、❷裁量性、❸処遇)も考慮し、この従業員性と管理監督者性を総合的に判断する、という構造で検討されています。
 これは、名目的な役員の従業員性の問題は、役員か従業員かという二者択一の問題とは限らず、両者の性格を併せ持つ場合もあり、その場合に従業員性を認めるためには両者の事情を総合的に評価する必要がある、ということを意味すると考えられます。
 これに対して本判決は、まずXの役員性を否定します。役員としての仕事を全くしていないこと、などがポイントです(労判1231.153左下~右上)。次にXの従業員性を、上記①②を理由に肯定します(同153右7行目~21行目)。
 このように見ると、本判決は信愛学園事件と異なる判断枠組みを採用したようにも見えます。
 けれども、役員性と従業員性の両者が問題になることを前提にしている点で、両者は共通しています。むしろ、本事案は役員性を明確に否定できる事案であることから、役員性と従業員性の総合判断が不要になっただけであり、もし役員性が多少でも認められれば信愛学園事件と同様の方法で判断されたように思われます。
 実務上は、名目的な役員であれば従業員性が肯定されやすい、ということだけでなく、信愛学園事件の裁判例も視野に入れ、多少役員的な面があっても従業員性が肯定される場合がある、ということを理解しておくべきでしょう。

2.ハラスメント
 裁判所は、①台風による大雨・暴風・洪水の各警報などが出されていた日曜日に出社を命じたことや、②「そんなことしかできないのかえ」と言われたうえにXをやめさせる手続きを取っていることを告げられたことについて、いずれもXの側にも問題があることを理由に、ハラスメントに該当しないと評価しました。すなわち、①については、十分時間的に余裕をもって与えられた仕事が約束の期日を過ぎても終わっていない点に、Xの落ち度があり、会社による出社命令に合理性があるとしています。②については、Xも反論し、上司を威嚇したともとられかねない言動を取ったことから、ハラスメントに該当しないとしています。
 すなわち、いずれも上司の言動に問題があるとしつつ、Xの事情も総合判断して、ハラスメント該当性を判断しているのです。
 これに対しては、ハラスメントは上司による一方的な侵害行為だから、被害者側の事情は問題にならないはずではないか、という疑問が出るかもしれません。
 しかし、ハラスメントの成否は一般人の基準で判断されるところ、①被害者側に落ち度があればこれをたしなめつつ業務を指示する内容も、それに比例して厳しいものになっても止むを得ないでしょう。また、②被害者側が反論したり、逆に威嚇したりするような場合には、ハラスメントの影響も限定的であると評価できるでしょうし、仮にそうでなくても被害者側の言動が上司の言動をより厳しくさせているとも評価できるでしょう。
 このように、上司の言動だけを切り離してハラスメント該当性を判断するのではなく、被害者側の言動やその状況も含めて総合的に判断する必要があるのです。

3.実務上のポイント
 ハラスメントに関しては、さらに③「色盲かえ」「あんたつんぼかえ」「あなた本当に不動産鑑定士かえ」「小学生にも劣る」等の上司の発言も問題にされました。
 裁判所はこれに対し、上司がこれを否定していて、他にXの主張を裏付ける証拠がないことを理由に、そもそもこれらの発言が認められない、と認定しました。
 このような判断は、会社側と従業員側の主張や供述が食い違う場合に、それだけで立証不能として処理せず、それぞれの主張の合理性を一つひとつ検証するという、最近の裁判例の傾向に合致しません。一見すると、雑な判断と思われる判断です。しかも、Xの人格を消極的に評価するニュアンスも含まれますので、(実際にこれらの発言があったとして)これらの発言だけを取り出せば、ハラスメントに該当すると評価される可能性は否定できません。
 けれども善解すれば、これも上記4つの発言それぞれについて、発言があったかどうかの認定だけでなく、上記2の①②と同様にX側の言動や状況も含めて評価すべき問題です。そうすると例えば、Xの業務遂行の納期や質が問題になっている場面で上司とXが言い合いになったような状況が仮にあったとすれば、上記①のように上司の発言が厳しくなっても止むを得ない面が出てきます。また「色盲かえ」に関して言えば、例えばXの作る資料の色使いが間違えていた場合を考えると、色使いの指導の必要性は認められますから、その自覚を強く促す表現として行き過ぎな面はあるものの、そこまで強く言わなければならない状況だったかもしれません。そして、このような問題意識で上記4つの発言を見ると、いずれも何らかの指導に関わる発言であり、Xの人格否定だけを目的とした発言ではないことから、いずれの発言もそこに至るやり取りや状況などの経緯があるはずです。
 すなわち、総合的な判断が必要とされる問題であり、上司の側にもそれなりに言い分がありそうな問題だが、裁判所はそこに深入りせずに簡単に処理した、と思われるのです。
 さらに、上記2の①②が否定されていて、③の4つの発言以外にハラスメントがありませんから、この4つの発言が仮にハラスメントに該当するとしても、これでXが本当に精神的苦痛を被ったと評価できるレベルと言えるのか、疑問です。
 このように見れば、③の発言について裁判所が証拠の問題として簡単に処理しているからと言って、何も証拠が出なければ上司や会社は責任を負わない、と解釈するべきではないでしょう。例えば、実際に従業員にメンタル上の問題が生じ、大きな損害が発生した場合で、その原因が同じような上司の発言である場合などでは、本人と上司の証言が食い違うから証明なし、などと簡単に結論を出さないはずです。

※ 英語版

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?