労働判例を読む#281
今日の労働判例
【学校法人國士館ほか(懲戒処分等)事件】(東地判R2.11.12労判1238.30)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、H22に大学Yの教員Aの教授昇格を審査し、研究論文を使いまわしていた点(二重投稿)などを理由に、当時学部長であった教授Xらが昇格拒否の判断を行った、H29、学部新設によりAが教授に昇格したところ、AはXらによりパワハラを受けたと告発をし、反対にXらはAの教授昇格に問題があるとの公益通報を行った、Yは、H30.3、懲戒委員会を開催してXらに対する戒告処分を決定し、通知した、という事案です。
Xらは、戒告処分の無効、損害賠償(Yと戒告処分の判断を主導した教授)などを請求しましたが、裁判所は戒告処分の無効とYの損害賠償義務を認めました。
1.確認の利益
戒告処分は懲戒処分の中でも最も軽いもののようです。しかも、過去の法律関係の有効性を確認するものですから、裁判所が判断すべき事件ではないのではないか、すなわち現在のトラブル解決に役立たないのではないか、という点が最初の問題です。いわゆる「訴訟要件」「確認の利益」の問題です。
けれども、①Xらの名誉感情が侵害されていること、②Xらへの名誉教授授与の際に不利益に評価され得ること、③XらはYを退職していたため、Yでの立場など現在の法律関係を確認する方法がとれない状況にあること、を根拠に、「訴訟要件」「確認の利益」を認め、訴訟を有効としました。
この判断構造から、退職した従業員に対して退職前に与えた懲戒処分の有効性を裁判所で争うことの可否について、本判決は、原則として争うことができないが、他に方法がない場合など例外的な場合には争うことができる、というルールを前提にしていることが分かります。
2.戒告処分の有効性
YによるXらの処分は、Aの二重投稿が問題であったと偽って公益通報した点等を根拠としています。
その中でも特に注目されるのは、当初「二重投稿」の意味が明確でなかった(同じ部分が何割あれば二重投稿なのか、など)だけでなく、「二重投稿」の禁止自体が明確でなかったところ、Aの教授昇格審査の後に「二重投稿」の禁止が明確に定められた点にあります。つまり、「二重投稿」が禁止される前はこれが許されたはずであり、Aの二重投稿に問題はなく、したがって公益通報自体も誤りだった、と主張しているのです。
けれども裁判所は、「二重投稿」の禁止が明確に定められる以前から「二重投稿」が教授昇格にとって不利な事情とされていた点などを認定しています。すなわち、公益通報の内容に問題がなかった、と評価しているのです。
すなわち、Xらが担当した二重投稿の審査は、当時、相当慎重に行っており(Aの発表した論文を詳細に対比し、供述の重なる部分をコピーで対比して重なる部分の割合を、問題となる論文ごとに明確にした資料を整えるなど)、二重投稿という判断自体、適切であった(少なくとも不適切という認識はなかった)という評価をしています。
さらに、Xらは公益通報することをYの理事Bに事前報告し、Bの同意を得ていた、と主張しています。Bはこれを否定しているだけでなく、事前報告や同意に関する虚偽の内容の公益通報を行った点も処分の根拠としています。これに対して、裁判所は証拠や証言を詳細に検証し、Xらの主張を認めています。
このように、問題となった公益通報は、内容的に問題がないだけでなく、Bの同意も得ていたことから問題がなかったことになります。
これだけでも十分にYによる処分が無効と評価できそうですが、さらに裁判所は、プロセスの面からもYの処分に問題があることを指摘しています。
すなわち、Bの記憶や言動は、上記のとおり戒告処分の根拠となる重要な事実であり、その意味で懲戒処分にかかる事実に関する直接関係のある者です。しかも、このような関係者が戒告処分を決定する懲戒委員会の委員として、その決定処分に関与していました。さらに、単に関与していただけでなく、懲戒委員会によるXらに対するヒアリングの際、XらによるBへの事前報告や同意についての説明に対し、自ら強く否定するなど、中立性の欠如した言動を行っていました。
このようなことから、裁判所は懲戒委員会の手続きが公平性を欠き、違法と評価しました。
3.実務上のポイント
さらに裁判所は、Yによる戒告処分は公益通報のルールに違反していた、と認定しています。
たしかに、通報者を保護することが公益通報制度の一番重要な内容ですから、その公益通報を理由に処分することになれば公益通報されなくなってしまいます。つまり、公益通報を理由に処分する場合には、よほど慎重に検討し、重大な問題がある場合でなければ許されないはずです。その意味でも、Yによる戒告処分には大きな問題があります。
また、この事案の背景には、学内の派閥抗争のようなものがあるように見えます。すなわち、新たに力を付けてきたAと、これに反対していたXらの対立が基本にあるようです。専門家の集まりであり、しかも学問の自由によって独立心や自我の強いメンバーです。
このような対立に費やすエネルギーは、学問の進化や深化に資する方向で、すなわち良い形の競争として使ってほしいものですが、管理する側としても、この事案に見られるような対立を表面化させない方法が必要となります。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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