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中秋の名月、父との思い出

旧暦の8月15日。
2024年は9月17日がその日にあたるらしい。
ちなみに満月になるのは9月18日だそうだ。

都会に住みはじめてから早くも十年が経つ。
夜になっても星の見えない状況に慣れすぎて、気づけば好きだったはずの夜空を眺める機会もぐんと減っていた。

月夜、丸く浮かぶ銀色が目に映るたびに思いだすのは父のことだ。
「月が綺麗ですね」
だれもが知っているであろう、夏目漱石が説いたとされる告白の言葉。それを知らないほど幼かったかつての私はある夜、実家の庭から見える月に感動し、父にこう言った。
「お父さん! 月が綺麗だよ」
このとき、父は何を思ったのだろう。文学の好きな父は、きっと夏目漱石と私の言葉を重ねただろう。
いまでも容易に思いだせる、優しくてあたたかい笑みを浮かべた父は、ビールの入ったグラスをテーブルに置いて言葉を紡いだ。

「月を綺麗だと思える、その感性を大切にしなさい」

私はその言葉を素直に受け取れなかった。なにそれ〜! と笑っていたような記憶さえある。そのときの父がどのような顔をしていたのか、私はもう覚えていない。 

この話を父にしたところで、覚えているかどうかも怪しい。
どこか気恥ずかしくて、こんな話を面と向かってできるような気力もいまは持ち合わせていない。
しばらく会えていない父の姿を思いだし、次の正月にはまた会えるだろうかと思いを馳せる。いつか私に子どもができたら、父はきっと同じことを説くだろう。
私が何かを美しいと思える感性は、きっとこのときの父の言葉が育ててくれたものだ。

大人になったいま、あらためて父の言葉を思い返してみた。夜空を見上げ、ぽかりと浮かぶ銀色の円を見つける。
街の光が反射した夜空で輝く月は、あまり綺麗だと思えなかった。

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