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【小説】プレイリスト

1 狭心症

ワイの恋の話。

先にことわりを入れておくと
ワイは現在25の女です。

一人称は昔オタクだった名残で"ワイ"だけど気にしないでください。それではどうぞ。

あれは10年前。
ワイがまだ15歳(当時ぴちぴちJK一年)のとき。
CPUを酸素ボンベにしてインターネットに潜り込む放課後を繰り返してた時期があった。
ブックマークに登録した2ちゃんねるとアメーバピグを往復する日々。まだXは鳥さんで、いいねはファボだった時代。

そんな平穏な毎日を繰り返していたのだが。
初夏のある日、ワイのインターネット定住生活が突如として脅かされることになった。
ゴリラより毛深い生活指導の体育教師から「一年生は必ず何かしらの部活に入りなさい。」と半ば強制的に命じられた。
渋々選んだのが軽音部。
部員数のわりに閑散とした部室は、幽霊みたいな陰キャのワイが通うのにぴったりの墓場だった。
毎週好きな曜日に一回だけ部室に顔を出して、部屋の棚に置かれた部員ノートに名前と入室時刻・退室時刻を記録する。
上記10分程度のお仕事をこなすことで学校様より「模範的な生徒」の称号をいただける、簡単でフレンドリーな部活だった。

ワイこと幽霊は、この「名前を書く作業」を「成仏」と呼び、毎週水曜日放課後のルーチンにしていた。
水曜日は決まって部室に人が少ない。
他曜日でも8人いたら多い方だが、水曜日は多くて3人ほど。
もしイナバ物置が我が部のスポンサーに着いていたら「3人乗ってるだけじゃ、だいじょばない!」と嘆くだろう。

ワイが水曜日を選ぶ理由は単に人が少ないからだけではない。初めはそうだったが、次第に理由は変わった。

水曜日の部室を見渡してパッと見で見つかるのは次のとおり。
中古のYAMAHAアンプ。古墳時代から放置されている埃まみれのドラムセット。壁に立てかけられたLEGENDのアコギ。棚に並ぶ「世界一わかりやすいエレキギターの教科書」。ライブ告知チラシの配りきれなかった余りの束。BUMPのライブグッズ。ロッキンのタオル4年分。
それからあぐらをかいて座り込み、部室の隅でアコギをはじく同学年のソイツと、ソイツの声。

ソイツは決まってRADWIMPSを歌っていた。
0.01秒で思いつきそうなアーティスト名
「インデスヨ」を語るソイツの歌声が、とにかくワイは好きだった。
ワイはソイツに話しかけることもなければ、単独ライブに聴きいることもなかった。
ノートに名前を書くだけの10分間のあいだ、「インデスヨ」が歌う一曲を盗み聞きするために、ワイは水曜日を選んでいた。

___🎵

この眼が二つだけでよかったなぁ
世界の悲しみがすべて見えてしまったら
僕は到底生きていけはしないから
うまいことできた世界だ いやになるほど

それなのに人はなに血迷ったか
わざわざ広いこの世界の至る所に
ご丁寧に眼付けて あーだこーだと
僕は僕の悲しみで 精一杯なの

(狭心症/RADWIMPS)

__

2 六等星の夜


秋のはじまり、気づけばソイツのカバーする曲名を、毎回スマホのメモ帳に残す癖がついていた。マイヘア風に言えば「悪い癖」だ。
分かったことはシンプルで、ソイツはRADWIMPSが2011年にリリースしたアルバム「絶対絶命」の収録曲をこよなく愛していた。

なぜそのアルバムを好んでいるのか気になった。
気になって仕方なくなり「同学年 声 かけ方」で検索窓に知見を問うたり、知恵袋に話しかけ方を質問した。見ず知らずの人間とネットで話すことは得意なのに、「ちょっとだけ知ってる人」に初めて話しかけるのは高難易度な幽霊がワイである。

2日後、知恵袋に「同じ曲を口ずさんだら?」と具体的な回答が届いていた。ワイは血迷ってそれをベストアンサーにした。

翌週ワイはあらかじめスマホのブラウザタブに、アルバム収録曲の歌詞が見えるサイトを設置したまま部室へ向かった。部室の扉を開くと、お望み通りソイツはいた。だが予想外な事件が起こった。

その日ソイツは、Aimerを歌っていた。
聴き込んだRADWIMPSでは到底攻略できない初めて聴く曲。落胆。
同時に、知らない曲であることに安堵もした。
仮に想定通りの曲を弾いていたとしても、ワイは緊張しすぎて何も口ずさめなかっただろう。
知恵袋に投げやりな回答をした輩と、それをベストアンサーに選んだ自分を憎みながら、その日も盗み聞きした。

__🎵

傷ついたときは そっと包みこんでくれたらうれしい
転んで立てないときは 少しの勇気をください

想いはずっと届かないまま 今日も冷たい街でひとり
ココが何処かも思い出せない

終わらない夜に願いはひとつ
“星のない空に輝く光を”
戻れない場所に捨てたものでさえ
生まれ変わって明日をきっと照らす
星屑のなかであなたに出会えた
いつかの気持ちのまま会えたらよかった
戻らない過去に泣いたことでさえ
生まれ変わって明日をきっと照らしてくれる

(六等星の夜/Aimer)
___

3 バンドマン


秋も暮れ、毎週水曜日の軽音部部室に新たなメンツが加わった。加わった、というとまるでワイが古参かのような口ぶりだが、ワイは週に10分しかこの部屋に滞在していない。ただ、約半年間通った中で初めて見る顔なのは事実だった。

その子はワイが初めて部活内で「会話」した人間だった。
「今度ライブやるから来てよ」と声をかけられることはあっても、会話と呼べる会話をしたことはかつてなかった。
半年間幽霊として貫き通した甲斐がある。

ヴィレバン好きサブカルガール「ミキちゃん」。
初めての会話は今も鮮明に覚えている。
部員ノートに名前を書くワイの文字を見て、ミキちゃんの方から「文字カワイイですね先輩!」と声をかけてきた。
思わずヲタク特有の秒速反論が飛びそうになったが深呼吸をして冷静に返した。
「ありがとう..、あと一年ですスミマセン。」
いったい誰に何を謝ったのだろう。
「一年?うそ!同学年!嬉しい!私ミキ!仲良くしよ〜!」
ミキちゃんの会話ぶりはまるで、自分がアメーバピグの代々木公園「初心者広場」に居る時と同じだった。ここまで流暢に人当たりの良い話し方ができる人間を憎むはずもなかった。ただ恨んだ。
ミキちゃんは脊髄をくすぐるように「好きなアーティストは?」「なんか弾こうか?」「楽器やってる?」と質問責めしてきた。
反射してワイは「ぁ..」「ぇっと楽器はできなぃ..。」「弾いてほしぃ..。」と尻窄みに答えた。
「好きなアーティストはRAD。」だけは、明確に答えることができた。

「RADわかんない!私の好きな曲弾くね!」
普段ならもうとっくに部室を出ている時間に、ワイはミキちゃんの弾き語りを聴いた。

___🎵

私は今あのバンドマンに夢中です

バンドマンを好きになっちゃいました
あなたの出す音あなたの作り出すステージ
すべてを好きになっちゃいました 
すべてを好きになっちゃいました

バンドマンだけはやめとけって 
あれだけ言われたけど

(バンドマン/SHISHAMO)

____

4 学芸会


我が高校の文化祭は初冬に行われた。
入学当初、各クラスで抜擢された「文化祭委員」
こと陽キャ集団の先導もあり、クラスの出し物は「お化け屋敷」に決定。
クラスでも部活でも幽霊を率先してるワイは本来主役になるべきだが、模範的な陰キャなりに尖った目線で準備期間を過ごした。
だるい。帰りたい。どうせただのままごと。
愚痴と模造紙を壁に貼っていたら当日を迎えた。
ワイの文化祭目玉は「軽音部のライブ」一択。
理由は明白。水曜日のソイツ、「インデスヨ」弾き語りの時間が設けられているから。
何度も確認したはずのタイムテーブルを当日も確認し、ワイは開始10分前に体育館へ向かった。
体育館に着いて早々、高校唯一の友人であるミキちゃんと合流。
ミキちゃんとは数ヶ月で加速度的に親しくなっていたのだが、彼女との関係をわざわざ特筆する必要もないので省く。
もし番外編が出たらミキちゃんとワイの友情を描くサイドストーリーを出すことにしよう。

「インデスヨ始まるよ!」
ミキちゃんが体育館ステージ最前に向かってズカズカと進んでいく。
インデスヨの前に披露していたバニラズのカバーバンド「エマ」ファンご一行が体育館入り口へ向かう流れに逆らい、RADWIMPSファンがステージ前に集うフェスさながらの光景が広がっていた。

____5分後。
インデスヨがステージ袖からのっそりとマイクスタンドに向かって歩く。
ハキハキ、とか、ドッシリ、ではなく、のそのそと。謙虚に。ひ弱に。
ひねったら折れそうな細い腕でギターを支え、マッシュヘアに似つかずキッチリと着た灰色セーター。身長およそ170cm、猫背考慮して165cmのホラーマン。
「熱中症の季節に校長のスピーチで倒れそうな男子ランキング第1位」なんてタスキがあったら肩からかけてやりたい。

「ぁー。インデスヨデス。...キョウハ、ウタイマス。」

なんて?

会場のあちらこちらからダダ漏れる不安。
ちっちゃくてカッスカスの自信0な声。
今日は歌いますってなんだよ。
いつもは歌ってないのかよ。
隣に立つミキちゃんだけは「きゃあああ」と黄色い声をステージ上の灰色のモヤに飛ばしているが、さすがにファンのワイでもそうはならなかった。

「ぼくゎ(キィーーーーーーーーーン)」
大きめの声を出したと思えばハウリング。
ワイ今季最大の目玉、最悪の展開。
ザワザワとどうでもいい話を始めるステージ下の群衆。
終わった、と思ったその瞬間、救世主は現れた。

______「ぁ、もぅ、弾くわ。」

愉快なMCも自己紹介もふりほどいて、インデスヨはギターを弾いた。

救世主の名は、ソイツの音。

イントロに釣られて、群衆の視線はグンッとステージに向いた。
数秒前のざわめきはギターに鎮められる。
なにか、とてつもないものが始まろうとしているのではないか。
音だけが持つ説得力が会場の誰をも飲み込んだ。
黄色い声も、青色の青春も、無価値だと言わんばかりに、ステージ上のインデスヨは全てをギターでかっさらう。

「届かないかもしれないけど聴いてください。一曲目。」

_____🎵

この世界では僕は少年D
名前も持たない少年D
台詞はひとつ「おやすみなさい」
そう僕がいなくても始まる舞台の
端っこに立った少年D
誰も彼なんか見ちゃいない
でも僕にとってはVIP
そう僕がいないと始まんないんだよ

僕の世界は

(学芸会/RADWIMPS)

______

5 透明人間18号


一曲目の終わり、会場中から歓声が沸いた。
不安げな声はもう、ひとつもない。
全員がステージ上のインデスヨを讃えた。
高校一年生とは思えない圧倒的な技術と魅力溢れる歌声が、体育館を一体化させた。空気を制した。ずっと我慢していたヤカンが沸騰するような、抑圧からの解放がそこにはあった。

インデスヨは先ほどとはまるで別人のように、自信溢れる声でマイクを掴んだ。

「僕は、人と仲良くなるのが苦手です。今はないけど、中学まではいじめられてた。中3でギターに出会って、音楽だけはずっと友達だから、軽音部室で毎週水曜日に弾き語りをしています。

僕が邦ロックを聴くようになったきっかけは、中学時代に親父が譲ってくれた04Limited Sazabyzのアルバムです。
当時のフォーリミは英語の歌詞ばっかで、何言ってるか理解するために訳すのも面倒で。
嫌いじゃないけど、だるかった。
でも音楽は好きだと自覚しました。
なんかわかんないけど心そそられる感じがたまんなくて、ジャケットがボロボロになるまで聴き込んだ。
それから、近所のGEOでRADWIMPSのアルバムに出会いました。
奇跡的な出会いとか偶然の想い出みたいなカッコいいのはなくて、ただ「絶対絶命」ってアルバムのジャケットが好きだっただけ。

RADWIMPSの歌は、他のバンドと違って、僕みたいな人のことも肯定してくれるから、好き。....一番、好きなバンドです。
長くなりました。
3曲だけだから、次いきます。

僕のことを救う歌です。」

______🎵

黒発:白着 鈍行に乗り
何万回目かの里帰り
その道すがら乗り込んできた
君に僕は見つかったんだ
すると灰の色の僕を眺め
綺麗と言ったんだ

虹の色を掻き混ぜると
同じ色をしていると

(透明人間18号/RADWIMPS)
______

6 君と羊と青


30分間のライブが幕を閉じた。
喝采が会場を最後まで包んだ。
アンコールの声も挙がったが、タイムテーブルの関係で延長はなかった。
それでも、この30分で誰もが彼の音を認めたのは間違いない。
中には涙を流す者もチラホラ見かけた。

「....ゃばい、、グスン。やばぃよ。」
隣に立つミキちゃんもその1人だ。

ワイももちろん、感動はしている。
いつも部室の隅で弾くアコギとは違い、ステージ上ゆえの勢いも相まって新しい魅力を見つけることができた。
それなのになぜか、少し寂しいのだ。
ずっと、あの空間だけのものであってほしかったのかもしれない。
日差しを浴びずにひっそりと佇む彼がいつしかワイの前から去ってしまうのではないか。
今まで感じたことのない不安がよぎる。

「ね、どうしたの?難しい顔。」
ミキちゃんに声をかけられてハッとなった。

複雑な灰色の感情を抱いたまま、体育館を後にした。

_____🎵

君を見つけ出した時の感情が
今も骨の髄まで動かしてんだ
眩しすぎて閉じた瞳の残像が
今もそこで明日に手を振ってんだ

(君と羊と青/RADWIMPS)

_____

7 生活


冬休み明け。
ワイの平凡な日常は案外変わらずに戻ってきた。毎週水曜日は部室にインデスヨとミキちゃんがいて、二人の弾き語りに耳を傾けながらワイはノートに名前を記す。
変わったのはミキちゃんがやけにインデスヨと話すようになったことと、ワイの部室滞在時間が長くなったこと。
それから、これまでどうとも感じていなかったミキちゃんのことを、インデスヨと二人きりにしたくないと感じるようになったこと。
ワイはノートに入室時刻と名前を書いたのち、ミキちゃんの横に座る形で弾き語りを聴く。
ミキちゃんの奏でる歌はSHISAMO、Aimer、あいみょんがメインで、たまに流行の曲をイントロだけ弾く。
対するインデスヨは相変わらずほとんどRADWIMPS。何度も同じ曲を聴いているが、それでも飽きたことは一度もない。
二人が交互に弾き語りをして、お互いに感想戦のような時間が発生する。

「インデスヨはさ、RADWIMPSの"いいんですか"からとった名前だろうけど、インデスヨが好きなアルバムにはその曲入ってないよね?変えたら?」とか

「前に弾いてたクリープハイプ、私けっこう好きだよ?人気出ると思うけどな。箱借りてライブしないの?」とか

時折ミキちゃんの口から発砲される無自覚な銃弾を、ワイは心地よく思えていなかった。
なぜだろう、ハラハラするのだ。
もしその銃弾のどれかがインデスヨを撃ち抜いてしまったら。インデスヨが変わってしまったら。それはミキちゃんがつくったインデスヨになるのではないかと。

インデスヨは「面白いね」が口癖だった。
ミキちゃんやワイの発言に概ね「面白いね」で回答してくる。芯に含まれる意図までは汲めない。ただ、針のような尖った言い方ではなく、優しくあやす大人びた対応をしている風だった。
ワイは「面白いね」をささやくインデスヨの名前の方がよっぽど「面白いね」と思っているが、言えずにいる。

こんな日々がずっと続いてほしい。
二年生になっても、三年生になっても。
だけど、.....いや、いいや。

_____🎵

仕方がないと歌って笑ってしまえたら良いのにね
どうしても笑えないのまた会えないと思ってしまうの
用が済んだら遠出 生活からまた生活へ
そっちではどう?そっちではどう?
ようやく出来た居場所だって
いつか離れてしまったって
帰る場所で在って
代えられない貴方でいて
月並みな言葉だって綺麗事にされたって
それが本当であって ここで今語って語って

(生活/小林私)

______

8 あぁ、もう。


「インデスヨ、好きな人だれ?」

1月の終わり。水曜日。いつもの部室。
ミキちゃんから突拍子もない発言がインデスヨに飛んだ。

「え..」

その答え方は、いつものインデスヨに感じられる余裕がなかった。「面白いね」でも、否定するでもない予期せぬ呼応に、ワイは動揺した。
そもそも、好きな人がいるなんて情報すらワイは知らない。熱意込めて消臭した脇から汗が止まらない。なぜ。どういうこと。
いや、てか。何に焦ってるの、ワイ。

「み、ミキちゃんは?いるの?好きな人」

ワイは矛先をインデスヨからミキちゃんにずらした。決してインデスヨを守りたいからではない。本能が、ソイツの答えを聞きたくないと叫んだのだ。もちろん、ミキちゃんに好きな人がいないのは知ってる。なんなら前日に聞いている。最近までバンドマン21歳フリーターの歳上彼氏がいたが、借金まみれになって別れ話を向こうからしてきたのも知ってる。

「私いないよ。言ったじゃん!ちがう、インデスヨに聞きたいの。インデスヨ、前にね、気になる人がいるって話してたの。でも誰か教えてくれないんだよね。」

え、え?え?え?ワイのいないとこでもインデスヨとミキちゃんは繋がってる、ってコト!?
どこで!?いつ!?話してるの!?
発汗量倍増により脇に琵琶湖が出来上がりそうだ。何に焦っているのだろう。自覚できない変な感情が、どうにかこの時間をなかったことにしたいと願っている。

「...言えない。まだ。」

「えーーー!!言ってよ!!応援するって!」

「...ちゃんと伝えたかったんだ。その人には。」

「えっ。なにそれキュン。良い。えもっ。やば。どうやって伝えんの!?」

「その人は....僕の音を見つけてくれた人なんだ。その人の耳がこちらに傾いてるのに気づくと、いつも胸が躍って。こちらから話しかけられないから緊張するんだけど。悪い気がして、嫌われたくないから。」

「えっ、かわい。で?で?」

「でも、好きって感情なのかずっと迷ってたんだ。これが。」

「お、おお?!」

「特に話したこともないし、未だちゃんと二人で会話したこともない。ただ、何も交わらないのに二人でいる居心地が妙に良くて。それで。」

「うん!うん!?」

「この前の文化祭のとき、僕のライブ中。三曲目が始まる前に。その子と目が合ったんだ。その子は僕の視線に気づいて、すぐに目を逸らした。でもまたすぐに僕を見てくれて、キラキラした目で。爛漫とした。その子の純粋な明るい顔を僕は今まで見たことがなかったから。心の底から震えたんだ。そしてようやく自覚した。」

「え、え!?」

「僕が音楽を続ける理由は、いつしか、僕だけの自己満足だけじゃなくなってた。僕は、その子に音を届けるためにギターを弾くようになっていたんだ。」

「...........なに、それ...。やば....。」

「だっ、だから、一目惚れだよ。好きなんだ。その子が。その子といる時間も、その子の笑顔も。まだまだわかんないことばっかりだけど、好きなんだ。自信はないし、きっと無理だし、だめなんだけど。」

「だっ、誰なの!??えっ...誰!!?!?」

「だ...だから。あぁ、もう。」

「ね!ねっ!応援するから!!!!教えて!!」

「............あぁ、もう。...いいよ。」

「うん!!!うんっ!!!!!」

「あの........ミキちゃん。」

「...........ぇ、私?」

「の。」

「.......の、の?の、、?の.......。」

「隣.........いる、.........ひと。」

「....。」

「........。」

..ゑ。

________🎵

あぁ、浮ついて打つけた
小指すらも何故か愛しいよ
まるで脳内麻痺したような
今しっかりしないと

十二月の溜息踏み出せずに
じっとしていたらすぐ春が来て
そのまんま別々だなんて
想像するのもイヤ

(あぁ、もう。/Saucy dog)

______

9 いいんですか?


部室内にかつてない静寂が訪れた。もともと明るさなど部室になかったが、天井にでかい蜘蛛の巣があるのはその時初めて気づいた。それくらいに、人は居心地の悪さを別の何かに被せたくなる生物である。

逃げたい。

部室棟まで救命ヘリかボートがたどり着いてくれないだろうか。SOSの文字をチョークで黒板に書き殴りたい。今にも暴れたがっている足をベッドの毛布で存分に解放してやりたい。背中に隠した両手は先ほどから交尾を開始した。

インデスヨの視線だけが顔の角度を変えずにゆっくりこちらに向かっている。
やめろ。見るな。今見るな。頼む。
ワイの願いが届くはずもなく、インデスヨは真っ赤に染めた頬をピクつかせながらじっーーーとこちらを眺めている。野生ポケモンとの遭遇BGMが鳴りそう。いや、鳴らしてくれ。頼む。神様。見るな。お願い。見るな。お願いだから。

「えっ.....。二人とも...顔赤くない...?」

ミキちゃんに...バレるから。

「なっ...あああああああ!??!?」

ミキちゃんの口から、コウモリあたりが出しそうな音が出た。さらに、ムンクの叫びに酷似した顔面でこちらを見ている。
沈黙は依然変わらない状況だが、叫びにより多少居心地は緩和された。
まさかの出来事にそのひとつひとつを処理しきれていない。CPUとメモリを替えたい。
湯気が頭から出ていることはわかる。

ワイは、人生初めての告白をされた。
死ねる。



でも。

なぜか。

ワイは前向きになれなかった。

ワイはインデスヨが恋愛的に好きなのだろうか。


染めた頬と正反対に、不思議な気持ちがずっと脳裏を回転した。

_____🎵

いいんですか いいんですか
こんなに人を好きになっていいんですか?
いいんですか いいんですか
こんなに人を信じてもいいんですか?

いいんですよ いいんですよ
あなたが選んだ人ならば
いいんですよ いいんですよ
あんたが選んだ道ならば

(いいんですか?/RADWIMPS)
_____

10 ものもらい


部室静寂事件の翌日、木曜。
"私"はインデスヨと学校裏の公園に来た。
前日はミキちゃんが空気を読んでそそくさと帰宅したがっていたところを無理やり着いていき、インデスヨを部室に1人残す暴挙に出てしまった。その詫びの気持ちと、昨日の告白(?)の心の整理のために、自ら初めてインデスヨを誘った。

ギシギシと鳴る錆びついたブランコに揺られながら、隣で同じく揺られているインデスヨをチラ見すると、どこか気まずそうな表情。
気まずいのは"私"もだ。

自販機で買った「ぽっかぽかレモン」はとっくに飲み干した。ひっえひえ空気が続いている。
18時半。子供たちはとっくにいない、私たちの部室みたいに閑散とした公園。
ここに着いてからの会話は他愛無いもので、小さい頃はGreeeenが流行っていたとか、私のお母さんはピアノをやっていたとか、本題から目を背けた話ばかりが降り始めの雨みたいにぽとぽと続いているだけだ。
このままでは埒があかない。

「昨日はありがとうございます。」

インデスヨのジップロック並みに密閉された口を開かせるために、私の方から本題について声をかけた。

「いや、急だったよね。まだ言うつもりなかったから...。」

「びっくりしました。」

「本当はもっと、言いたいことあるんだけど。言ってもいい?」

世の中一般的には、こういうときなんて返すのが正解なんだろう。
私にはわからない。今こそミキちゃんのアドバイスが欲しい。

自分の気持ちが上手く言えないのだ。
私は確かにインデスヨのことが好きだ。間違いなく。この上なく。それなのに、好きな気持ちが溢れんばかりに出てくる乙女になれない。
それよか、恋をしているイメージも頭に湧いてこない。

私は本当にインデスヨに「いいんですよ」を返していいのだろうか。
いや、私はそもそもインデスヨのことが好きなのだろうか。

「今は、やめておきたいかも。」

「....そっか。そうか。だめかぁ。」

モヤモヤする。
違うんだ。きっと。

私の思い描くインデスヨは、もっと、違うんだ。

誰もいない水曜日の部室に颯爽と現れ、人目を浴びず弾き語りをして、誰の追随も許さず自分を貫く姿が、孤独を愛する姿が、もしかしたら、好きだったんだ。

わがままな女なのだろう。
あれほどまでに声に惹かれ、その生き様を愛した彼のことを、今唐突に、もう見たくないと考えてしまっている。
私に告白をする、しかも弱気なインデスヨが、好きじゃないのかもしれない。
昨日湧き上がった恥ずかしさは、単に人生初の告白への羞恥心だったのかもしれない。
あるいは、インデスヨという憧れに気づいてもらえてる嬉しさに近しい。

追い続けたい気持ちはあるのに
追われたい気持ちが薄いのだ。

こんなの、初めてだ。

「解散しようか。もう、暗くなってきたし。」

解散、には複数の意味がある。
「またね」として捉える解散と、文字通り、解けて散る解散。なぜか今のインデスヨから言われた解散は、互いの関係が解けて散るような、昨日までの感情ではインデスヨを見られなくなってしまうような、そんな儚さを感じた。
明日から私は、水曜日を楽しみに、大切にして過ごせるのだろうか。

「あのさ。もう、これ以上は、重くさせたくないけど、一個だけ、最後にお願いがある。」

「どんなお願いですか..」

「一曲だけ、一緒に歌いたい。
今、ギターないから弾けないけど。ダサくてごめんね。本当、こういう時に準備が甘いからさ。ごめん。YouTubeで音楽かけながら、一緒に歌いたい。」

「いえいえ。憧れの人と歌えるのは嬉しいです。いいですよ。ぜひこちらこそ。」

「ありがとう。そ、これ、この曲。わかる?」

「あぁ。わかります。何回も聴きました。インデスヨさんが、歌ってるの。あの部室で。それに、文化祭でも三曲目に歌ってましたよね。」

「そう。」

「でもこれ、私が一緒に歌っていいんですか。」

「うん。これを、あなたと歌いたい。」

「わかりました。」

「それじゃ、かけるね。」


_____🎵

いつだってここにあるこの腕や耳や目を
僕は探したりなど したことはないけど

何かを探すのには いつも使うくせに
いつかなくなるなんて 考えもしないんだ

ある朝 目覚めれば 瞳がなくなってた
探すにも探せない 君がないと探せない

仕方なく手探りしようとするけども腕もない
音の頼りを聴こうとするが澄ます耳もない

僕が僕であるかどうかさえももう知る術も
ないと知った僕は何者 もうないもの?


そんなこと起こるはずもないこと
でも起こったよ そんなもんじゃない
その上いく出来事が

「いつも ここにいたよ」ってさ 笑う声が悲しくて
そばにいたいと願えば願うほど 視界からは外れてて

「いつも ここにいたよ」って
そう それはまるで泣きぼくろ
だから きっとこれからは毎朝
起きてさ 確かめるから

いつだってここにいた 君の姿かたち
どんなって言われても もう分からないほどに

何かを探すのにはいつも使うくせに
いつかなくなるなんて考えもしなかった

距離がものを言うなら 鼓動を僕とするなら
この腕よりも 耳よりも近くに君はいたから

だってさ わざわざ 広い世界の中から
僕の胸のここのところ 心の鼓動から

2センチかそこらのところを お気に入りの場所に
選んでくれたから だからこそ
もはやそれは僕の一部と

思い込む 脳に罪はないと思う
ほら また自分かばった 自分ばっかだ

いつだってここにある 弱音や、迷い、愚痴を
隠したってバレるならと 見せびらかすけど

いつからかこの僕を 覆い隠すほどに
本当の姿など 見る影もないほど

この眼で この腕で 君のこと見つけたんだよ
そして君で 君の手で
ねぇそうだよ僕は僕の形が分かったよ
僕は僕と はじめて出会えたの

「いつもここにいたよ」ってさ 僕の中の遠くから
耳を澄まして 出どころ探すけど 声の主は埋もれてて

「きっとこれからはね」ってさ 喉まできたその声を
どこに 向かって放てばいいかも
分からずただ呑みこむの

僕ら 二つが一つになれればと
近づきすぎたあの距離の意味を
なんで今頃になってさ この記憶は語るのか

そうだ 一つが二つになったんだ
この世に落とされるその前に
一瞬前に だから 不時着後すぐ会えたの

二度目の離ればなれも きっとすぐまた出会えるよ

(ものもらい/RADWIMPS)

____


End.

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