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子鉄と切なさとわたし

人生で、電車の色や形状を気にしたことなんてなかった。目的地への所要時間は大事だけど、電車の色なんて街なかの屋根や電柱と同じ、目に映るだけの風景の一部。
ましてやE231系と233系の違いだとかE5系E6系連結しててアツいとか……ん?何それ。ちょっと怪しい呪文にしか聞こえないんですけど。

そう思っていた私が、結婚9年目にしてようやっと授かった息子は、見事な「子鉄」だった。

* * *

新婚の頃住んだマンションは新幹線車庫沿いに位置していて、削りたての鉛筆のようにきりっとした新幹線がずらりと並ぶ光景がよく見えた。
息子が電車好きだという友人が遊びにきて、なにやら興奮気味にN700AもしやDr.イエローあれヤバいごにゃらごにゃら……と、ずっと呪文を唱えていたけれど、「へぇ~」と聞きながらさっぱり分からなかったし、「帰ってから息子に見せたい!」と写真を撮りまくる姿を見ながら、バンドと音楽と古着を愛する彼女を、息子という存在はこうも変えてしまうものかと内心驚いたものだ。

今なら分かる。彼女の気持ちが。


* * *


息子がまだうまくしゃべれもしない1才頃から、電車が通るたび指差してあ~!う~!!と騒ぎはじめた。他のおもちゃや動物園で象を見たときより、瞳をキラキラさせている。

なんなの?
DNAに組み込まれてるの??

先輩ママたちに聞いたところ、男子はざっくり車派と電車派に分かれるらしく、わが家は後者であった。

息子は特に踏切が大好きで、ベビーカーで通りかかるといつまでも見たがった。
保育園でも家でも電車の本を眺めてはどんどん電車名を覚えていき、お下がりでもらったプラレールとNゲージは宝物に。週末は家族で「いろんな電車に乗るために」出かけるようになったし、電車系のお祭りやイベントも欠かさずチェックした。

そうやって過ごすうち自然と私も詳しくなり、詳しくなると好きになってきた。どうせ避けられないコースなら一緒に楽しんじゃえ!という無意識もあったかもしれない。

気づけば息子といなくても「お、あの特急なんだろ?」「これ新型だラッキー♡」などと思うようになり「見て!いま京急の黄色通ったよ!イエローハッピートレイン!!あれめーっちゃレアだから!!」と鼻息荒く興奮し、一緒にいる友を困惑させたりした。


息子が2才になり3才になり、戦隊ものやアニメなど興味の幅がグッと広がった。電車も変わらず好きだけど、NO.1というより好きなもののひとつになった感じ。


また月日は流れ、息子は小学校に入学。コロナ禍で電車に乗る率は減ったけど、その愛を疑ったことはなかった。しかし、蜜月にはいつの間にか、うっすらと影がさしはじめていたのだ。


* * *

「最近ダブルデッカー乗ってないね~」


何の気なしに言った私のこの台詞に、息子が驚愕のひと言を放った。

「ダブルデッカーってなに?」

…………………は???

「なに言ってんの??ダブルデッカーはダブルデッカーじゃん!!ほら!上と下の……」


驚きのあまり説明にならない説明をまくしたてると、息子はほんの少しばつが悪そうに
「あ……うん、分かってるって」と返した。

いやもうびっくりだよ!!

「ダブルデッカーの2階じゃなきゃやだ!!」と散々駄々をこねたのは、どこの誰よ。

京急の路線図、快速はどこを通過なんてことまで完璧に覚えていたのに、最近は駅名すら怪しくなってきてる。


こどもは成長過程なのだから、
上書き保存もあれば消去だってある。

そうアタマでは分かってはいるけど、置いてけぼりをくらったような気分。

一緒に指差しながら覚えた駅名、すりきれるまでせがまれて読んだ電車の絵本、初めて新幹線に乗った時の顔いっぱいの笑顔と興奮、次第に日が暮れていく中ずっと眺めていた踏切……。

ああ、私は電車が好きというより、
息子と好きなものを共有したかったんだな。

そのうち、もっと成長した彼にあきれ顔で、
「お母さんてさー、ほんと電車好きだよね」
と言われる日も近いかもしれない。

すっごく淋しいけれど、きっとそれでいいんだろうな。
新しいことをどんどん吸収して、振り返る暇もないくらい、その時その時を楽しんで。

その分私は覚えているよ。大事に大事にとっておいて、時には夫と語り合ったり、ひとり思い出して懐かしさに浸ろう。息子に「こんな時もあったんだよ~!」と語って「またその話?」と面倒臭そうな顔されたり。でもね、たまに「あ~、それ覚えてる!」と言われたら、母はとびきり嬉しいよ。

* * *

木々に秋の彩りが賑わい始めた頃、駅でJRスタンプラリー(マリオブラザーズ編)が開催中のポスターを発見。電車系のスタンプラリーは父子でまわることが多く、私はふたりが各駅で撮って送ってくれる写真を家で見ながら過ごすのがお決まりだ。

夫が息子に「これ今度まわってみよっか?」と聞いたら「うーん……まあ、いいけど?」というなんとも常温な返事。笑
でも結局行くことになり、ふたりが各駅で記念に撮って送ってくれた写真には、息子の楽しそうな笑顔。

まだもう少し、一緒に楽しめそうだね。


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