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刻印づけされたフレンチポップス

…2月になると、なぜかフランス語の歌が無性に聴きたくなる…
 最初にレコードで洋楽を聴いたのは、1971年の三学期。その年の正月に手にしたお年玉でコンパクトステレオを購入した。「ステレオ」とは言うものの三洋電機社の簡単なもので、単に音がステレオになるというポータブルなもので、ターンテーブルは17㎝シングル分しかなく、30㎝LP を置くとターンテーブルから大きくはみ出し上蓋をオープンしたままでないとプレイできないと言う代物(それでもプレイできるのだが)。確か5800円と記憶している。
 プレイヤーだけではどうしようもないので、別途貯金をはたいて何枚か邦楽のシングル盤も購入して聴いていたのだが、当然のことながらやがて飽きる。そこで、近所の4歳年上のお兄さんに頼んでシングル盤2枚を貸してと言うと、「ほい」っと渡してくれたのが、ミッシェル・ポルナレフ「シェリーに口づけ」(Tout tout pour ma chérie)とシルヴィ・バルタン「あなたのとりこ」(Irrésistiblement)、つまり『フレンチポップス』だった。フォーク好きの彼がどうしてフレンチポップスを持っていたかは知らないが、とにもかくにもワタシにとっては初めて左右違う音が出る装置で聴いた洋楽がフレンチポップスだったのだ。
「シェリーに口づけ」では、間奏に入る直前の「バーン」という破壊音のような音に驚かされ、「あなたのとりこ」では、曲の後半にエコーがかかった「ケバケバケバ…」という「謎の」フレーズがアタマの中を駆け巡り、ことあるごとにその音が脳内で再生されるのだった。
 この2曲の影響かどうかはわからないが、その後フランス文化に大いなる興味を抱くようになった。近所に『英語塾』ができても、「ボクはフランス語をやりたい」と、多くの同級生たちがその塾に通うのを尻目に、母にねだって初級フランス語のテキストを買ってほしいと言ったのだが、いかんせん地方都市。しかもフランス語なんて、なんだ?というような両親。東京の親戚に書籍をみつくろって送ってもらうように働きかけてくれたが、その親戚は「今はどうかわからないが、いずれ英語の時代が来る。どうしてもフランス語をと言うなら、せめて『米語』ではなく、『本場の英語』に触れさせなさい」と、イギリス英語の初級テキストを送ってきた。でも、これじゃないんだよな…ワタシはがっかりするばかりだった。
 先の2枚のシングル盤を聴いたのは三学期、何月かは失念しているが、お年玉でステレオを買ったこと、聴いたのは買った邦楽シングル盤に飽きた以降だから、たぶん2月のことだろう。
 その記憶というか付随する物語が潜在意識のどこかに付着しているのだろうか。2月になると無性にフレンチポップスやシャンソンといったフランス語の歌が聴きたくなる。動画配信といったものが始まる以前にこの分野のレコードやCDを買い込んでいたため聴く曲には事欠かず、ナビのステレオにもCD5枚を選んで入れている。とりわけよくオン・エアーするのはイヴ・モンタン、シャルル・アズナブール、ジョルジュ・ムスタキそしてフレンチポップスに誘ったミッシェル・ポルナレフだ。
 第二外国語を必修としていなかった大学で、フランス語上級まで履修し、博士課程の入試でもフランス語を選択、フランス構造主義の教授に師事するなど(しかし研究領域は台湾社会だったのだが…)小学校5年生、11歳時の強烈なフレンチインプレッションがボディブローのように尾を引いた。それは2月限定ながらも還暦を過ぎた今でもしっかりと効いているようだ。
付記:その「ステレオ」はスピーカーを除き本体のみ貸し倉庫の中で安らかなる眠りについている。少なくともワタシが存命の間はそこに居続けることになるだろう。

主にお笑いと音楽に関する、一回読み切りのコラム形式になります。時々いけばな作品も説明付きで掲載していくつもりです。気楽に訪ね、お読みいただければ幸いです。