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抑損志念メンバー、甲子園に集合っ!


 時間の経過は時に残酷であり、時に愉快なことも提供してくれる。阪神タイガース日本一に酔いしれる中で、ネガティブな話はよそう。ここはひとつ陽気な話を。はい、内輪ノリの一文です、ご勘弁のほど…
 そもそも『抑損志念』(よくそんしねん)、それなんじゃい?って。ごもっとも。これは1979年、真面目にそして斜めから社会を眺めていた某高校の三年生四名が中心となって発行した同人誌のタイトル。そのメンバーが全員阪神タイガースファンだということで、卒業後二度甲子園に集結。そろってその年が優勝年であるというレアな、そしてラッキーなメンバーだったりする。二回目が今年5月21日の広島戦、白星がついた試合だ。
 まず実にラッキーだった一回目の話から。星野氏が監督をつとめていた2003年9月15日の試合、そう広島に勝ってヤクルトの試合結果を待ち、優勝が決定したあの日あの瞬間に甲子園にこの四人はいた。その日の外野席は通路まで客が入っていて、トイレに立とうものなら席に戻るのにひと苦労。私なんざトイレに立ったため優勝の瞬間の喜びをメンバーとハイタッチできず、携帯で祝おうとするも、当時はガラケーで甲子園界隈では回線がパンク状態。メンバーの誰ともつながらないという忸怩たる思いを引きずることになったのだが。
 さて二回目、今年のことだ。呼びかけ人のロジャー氏(以降適当な名称を使用します)と私は過去何年間幾度となく甲子園や京セラドームで観戦している。またエルビス氏を含めては三人で5年に1度位の頻度で観戦している。だが、サイモン氏とは前回の観戦以来だから20年間会っていなかった。
チケットは予めロジャー氏が用意してくれていて、彼が入場ゲートで渡してくれることになっていた。私が一番に到着し、しばらく他の二人を待ったのだが、脳卒中の後遺症で立っているのが辛いため、先に入場し席で待つことになった。この時点で私はエルビス氏が少し遅れることを耳にしていた。
 当該席に着いてみると、通路から5・6番目に母と小学校低学年とおぼしき男の子が座っている。その奥にはおそらく他人だろう人が座っている。たぶん二人の通路側の隣にはお父さんが座るのだろうと予測し、ひとつ離れて着座した。
 5分ほど経ったろうか。高校の国語の副読本『文学史』に掲載されている二葉亭四迷の写真のような男性が現れ、「あのう席はこちらですか」と声をかけてくる。お互いがチケットを見せ合い、私の席は母子のお父さんが座るのではないかと思っていた場所であることが判明。「あ、すいません」「いいえ」と簡単な会話を交わし、隣同士に座って他の「三人の」メンバーの到着を待った。もちろん「知らない人」だから会話は、ない。エルビス氏が到着したらしい。ロジャー氏はこちらへ向かうとのラインをくれる。しかし次の文言が気になった。「サイモン氏が先に入ったけど会えたか」と。おかしいな、まだ会えていないぞ…
 やがてロジャー、エルビス両氏が席に到着。久しぶりのエルビス氏は「二人とも。久しぶり」と声をかける。「二人とも?何言うてんねんな」と思い、「サイモンはまだやで」と言うと、隣から「なに?エドガーじゃん」と驚きの声。「なんや、サイモンやないか」…ここではじめて隣に座る者がサイモン氏だったってことに気付く。「お前ら気ぃ付かんかったんか」高校時から若干ニヒルなところがあるロジャー氏が、いつになく声を出して笑い始める。エルビスも「こんなこともあるんやのぉ~」と口をタテに開けて笑う。
 「帽子かぶってイキって話しかけてくるから、どこの二葉亭四迷※かと思うたやん」。何だか私も力が抜けて、今日はええ試合になりそうやって予感がした。
 プロ野球の試合では球場にアルコールの匂いが蔓延しているのが常態だ。贔屓のチームが勝っているとのんべぇたちは売り子の娘さんたちを幾度となく呼び止め、時にはからかいながら杯を重ね野球観戦に熱が入る。点が入ると知らない者同士でもハイタッチをしたりして盛り上がる。20年以上前の甲子園だとタイガースが負けていようものなら、殺伐とした空気が観客席を包んでいたのだが…はい、今は昔。タイガースファンの「品」は、実によくなった。
 私は酒を断って6年半。サイモン氏との一件で、酒がなくとも今日はいい感じで観戦ができそうな予感がした。結果は才木投手の好投もありタイガースの勝利。今年はタイガース戦の観戦はこれ一回きりだったが、「国木田独歩トピック」が付随したことによってより印象深く思い出として刻まれ、大変満足している。こんなナイスなストーリーが生まれるような機会をつくってくれたロジャー氏に感謝だ。

 余談のつもりで…私は頭髪がシルバーになってしまったが、他の三人は黒く、しかもきちんと「残って」いる。定年して次の職場に移った者、継続して現職にいる者とさまざまだが、全員が教壇に立つ仕事をしている。同人誌を創ったメンバーであるということを考えると、どうにも興味深いことだ。ただ、「ねじれ現象」一点。他の三人は文学部卒で私だけ学部は社会学部。その私が文章をかいているのも何かの巡りあわせなんだろうな…おっと、私は新聞部長でございました。

※当日の誤認を訂正:サイモン氏の風体を「国木田独歩」と言ってしまった。アタマの中ではちゃんと二葉亭四迷の写真が展開されていたのだが…これは脳卒中の影響か、それとも加齢によるものなのか…


主にお笑いと音楽に関する、一回読み切りのコラム形式になります。時々いけばな作品も説明付きで掲載していくつもりです。気楽に訪ね、お読みいただければ幸いです。