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件(くだん)(小説)

たまたま入った屋台ラーメンで気味の悪いじいさんととなりになった。職業を聞かれて、ライターですと答えると、仕事をやるからと言われてそのままじいさんの職場へ。

「兄ちゃんにはね、記録を録ってもらいたいんだよ。」

「記録ですか?」

「言ったことを、一言一句逃さずに書いとくれ。」

「議事録みたいなことですかね」

まあいいからといって、じいさんが目の前の壁にかかっていた赤い布をはぐと、鉄格子の檻とその中に、顔は人、体は牛、の半人半牛が現れた。

「こいつは"くだん"だ。言ったことすべて、ひとつも聞き漏らしちゃいけないよ。」

「いや、ちょっと」

「私は文字が書けなくてね。君に会えてよかった。報酬はたんとあるからね」

「気になることだらけですよ。くだんって、あのくだんですよね?」

「そうだよ。人に牛。件って書いてくだんの」

「未来を予知したあと死んでしまう」

「あぁ、くだんだ。」

普段、雑誌の小さな記事を書くような仕事しかしていない俺にはとても務まる仕事じゃないが、いろいろ言いながらじいさんが部屋を出ていってしまったので、しぶしぶ檻の前の椅子に座ってくだんが喋りだすのを待つことに。

「おいこのくだん。何か未来を予知してみなさい」

暇そうに檻の真ん中に堂々と居座り、たまにあくびをしてうんともすんとも言わない。
いくら待っても何も喋らないしほとんど動かないのに、決められた時間に飯を置くとそのときにだけのそのそと食べにくる調子。
攻撃的ではないし檻の中にいるので、初めは珍しい安全な生き物を飼った気分でお世話もしていたのだが、待てど暮せどいよいよ何も言わないのでだんだん私も飽きてきて、気がつけば一ヶ月が経っていた。

「おい、明日の天気でも何でもいいからいい加減何か言ったらどうだ。何も言わないお前なんてくだんでもなんでもないんだから、キメラとして研究所に送って解剖したっていいんだぞ」

ある日飽き飽きしてそういうと、くだんがのそりと立ち上がった。

「ここから出してくれたらいいですよ」

「やっと口を割ったか。でもさすがに出すわけにはいかないよ」

「この一ヶ月、私が乱暴をしましたか。ここから出しさえすれば、未来を予知します」

正直私もこの生活に飽きていたので、じいさんには悪いが手っ取り早く終わらせるために、くだんを檻から出すことにした。

「ほら、出してやったんだから、なんでもいいから未来のことを教えなさい。」

「うーん、やっぱり僕は外に出てみたいです」

「今出したじゃないか」

「檻がある部屋の中にいても、景色は檻の中も外も同じですよ」

まあまあ納得できなくもない言い分だったので、俺はじいさんに見つからないように一緒に森へ散歩に行くことに。

何もせずくだんに飯をやって話しかけ続けるだけの生活から一ヶ月ぶりに抜け出してすこぶる気分が良い。このまま真っ直ぐ進み続ければ海へでるので、せっかくなのでそこまでの散歩とすることにした。

「お兄さん、そんなに未来が知りたいですか」

「いや、俺は報酬が欲しいだけだよ」

「もっと真面目に働いた方がいいですよ。僕みたいに生まれたときから檻の中に閉じ込められてる訳じゃないんですから」と辛口なくだん。

「真面目に働いて稼ぐのも、やりたいことをやって稼ぐのも、両方難しいんだよ」

「まあでも、生きているだけで檻or解剖の僕よりマシじゃないですか。ただでさえ人or牛なのに」

さっきからなぜか自虐的なので、「でも俺が不真面目にこうして外へ出したじゃないか」と言うと、申し訳なさそうに、ありがとうございますと頭を下げて言った。海が見えたところで、

「ちなみに私、未来を予知したあとわりとすぐ死んじゃうんですけど、そろそろ戻らなくて大丈夫ですか?運ぶにしても私かなり重たいですよ」
と、歩くのを止めた。

「なんかもういいよ。そういえば記録ひとつも録ってないし」

そうですか、と言ってくだんは再び歩き出した。
砂浜につくと、くだんは海に入って海藻やらと戯れたあとしばらくして戻ってきた。

「あなたもいつか死にますから、やりたいことはやった方がいいですよ」

水平線を眺めながらぽつりと言うくだんに、もしかしてそれが未来予知なのかと不安になったが、さざ波が何度行き来しても死なないので安心した。

「明日は曇りのち晴れです」

「そうかい」

「何も不安なことはありませんよ。このままずっと、大丈夫です。」

そういってくだんは横たわって、檻の中にいたときのようにまた静かになった。

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