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切れ目

矢継ぎ早に数珠繋ぎに次々とタエさんの口から言葉が飛び出している。もうどのくらいたつのだろう。そろそろ持ち場に戻らねば。

昨日、本社に出張したタエさんは以前同じ部署で働いていた山田さんと久しぶりに一緒に仕事をしたそうだ。一緒なんて懐かしいね、あいさつした時の笑顔だけがあの時のままだったとか。たった1年足らずの間に山田さんはすこぶる成長を遂げていた。その動きには無駄がない。まるで小さな竜巻のようだったと言った時、タエさんがちょっとだけちじこまった。忙しなくくるくるまわりながらそこにある仕事を吸い上げ片付け、後には何も残さない。いつものお決まりのルートを辿っているだけのようにも見える。ならば他の人が立ち入れるような切れ目ができるはずもない。山田さんがいれば事足りるのに。本社の人たちからそう思われているのではないか。換気のために開けてある窓の隙間から冷たい風が吹きつける。ぶるっと震えた拍子にタエさんは小さく小さくちじこまってしまった。
しかし仕事中だ。ちじこまってしまったことを、誰にも気付かせないように明るくふるまったていたらしい。そこへ山田さんがやってきて、これじゃまだまだ、もっとやりたいんです、と握りこぶしを見せたとか。その時、タエさんの頭の中に、どろどろしたものが渦を巻きながら膨らんでいったという。「このままではいけない。わたしだって。」本社から這う這うの体で家に帰り夕ご飯を食べテレビを見て一晩たってもどろどろは、とぐろをまきながら膨らみ続けた。どうにかしたいと思っていたところ、うっかり私が通りがかってしまったのだ。

うなずきながら切れ目を探す。それだってもう何回目だろう。タエさんの話にだって切れ目なんかありはしない。
タエさんがちょっと長めにため息をついた。
「そっか」と少し声を張り上げて言ってみる。
すかさず「まあ、またあとで」と強めに追い討ちをかける。よし、切れ目が広がったはず。顔を背けてからだを斜めに動かし持ち場へつながる通路に向いたそこへ「そうなの」タエさんの声が肩をつかむ。「それでせめてここでは、と思って。これからのことなんだけど」タエさんの口から言葉が飛び出す。
矢継ぎ早に数珠繋ぎに次々と、せっかくできた切れ目を埋めていく。もはやタエさんは息継ぎもしていない。吐き出しているのは言葉ではなく、一晩かけて膨らみきったどろどろしたそれだった。もうどのくらいたつのだろう。そろそろ持ち場に戻らねば。