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【Day38】適応性〈行き当たりばっちり〉ストレングスファインダー・エピソード(10位)

ブログ40日チャレンジ目前にして、
ストレングスエピソード解説もようやく10位までやってきました!

色んな資質について語ってきましたが、
10位である「適応性」も、
自分のエネルギーであり
【パワフル】の活力となっているので
思い入れの強い資質といえます。

※以下、資質についての知識やエピソードを書いていきますが、あくまで私の個人的な見解です。
また、資質の出方やエピソードは人それぞれなので、
私の出方=同じ資質が上位にあるから絶対にこのように出る というわけではないので、ご理解ください。


「適応性」とは

流れるままに。流れに乗る。
でも、臨機応変、イレギュラー対応が得意。
変化に対応することが得意。
うまく波に乗る。
自分の中では、
「与えられた条件の中で最良〈ベスト〉を創り出す」
イメージ。


非日常性や、季節感にワクワクする

「その時ならではの、特別な雰囲気」がとても好き。
大学時代に所属していた学園祭実行委員もそうだし
お台場冒険王のケンタッキーのアルバイトもそう。
年に一回(ワンシーズン)、その時ならではのイベントへの高揚感を特に強く感じる。
「非日常性」といったら、ディズニーに行くのもそう。
旅行に行くのも、非日常を味わえてとてもいい。
いつもと違う場所で、何が起こるかわからない、というころにワクワクする。

「変化」も好き。
ディズニーに行くと、その時々のイベントが実施されていて
(イースター・散水イベント・ハロウィン・クリスマスなど)
季節を感じられる面があるのも好きだ。
「季節の変化」そのものが好きなのだと思う。
今だと、夏休みも終盤で、夏の終わりが感じられる。
ケツメイシの「夏の思い出」とか、
森山直太朗の♬なぁ〜つの お〜わ〜り〜 が
頭の中を占領する。
夏って、特に魅力的な曲が多い気がする。
夏祭りとか、花火に関する曲とか。
で、9月に入ってすぐ始まる秋のハロウィンの装飾。
11月からクリスマスの装飾。
下半期が2か月ごとにコロコロ変わるなんて、忙しいな。(9・10、11・12、なんなら7・8も夏で一括り、みたいな)
忙しい、めっちゃ面白い。
日本人でよかった。
四季を堪能できるしそれを大切にする文化はとても共感できるし好き。


非日常の権化「ディズニーを愛する理由」

先ほどもディズニーのイベントへの高揚感について触れたが、
ディズニーのパークで過ごす一日そのものが「適応性」を試される格好の場だと感じる。

いつ(時期・天候・寒暖・イベント)
だれと(どんなコミュニティで行くか、どの程度の深まりの集団か)
どんな目的で(ショーパレ派/キャラグリ派/アトラク派、フード充実したい、欲しいグッズがある、写真撮るの重視、カメキャスさん派、自分たちでバリバリ撮る派 など)

この3つを掛け合わせるだけでも
(いつ×だれ×目的)
無限の組み合わせが広がる。
このように広がった中からその時その時のベスト解を見つけ出すことにウズウズしてしまう。

それこそ、紙のファストパスがあった時代には
別行動してファストパス取りに行って、
その列に並びながら
「次はこうで、次はこうしたいな…いや、こうしたほうがいいか!!」
と考えてる時間は、
脳内シグナルがガンガン出ている感じで、
シナプスが次から次へと結合するような
冴え渡った思考がビンビンに回転しているような感覚がしていて
「あぁ、幸せ!!!」っていう瞬間だった。
朝、インした直後のディズニーの無限の可能性。
自分で切り拓いていく感覚。たまらない。

(そう考えると、今は全部アプリになって、なんか味気ないな。自分で「体を動かして取りに行く」感覚が好きだったのにな。…いやいや、「適応性」はそれにも適応していくんだよな。笑)

その時の様々なコンディション
(アトラク・レストランの混雑具合、同行者のニーズなど)によって、
動きを多彩に変えていく感覚も面白い。
航海に近いと思う。
適応性×最上志向はやばい。
アドレナリンが止まらない。

非日常というお祭りに近い感覚で、
自分で一日をクリエイトしていく。
何が起こるかわからない。
適応性、大喜び!!!

そこに私の最上価値観、「凛」
(かわいさ・かっこよさ・美しさ・ホスピタリティ・プロフェッショナル)も掛け合わされるから、
あぁ、やっぱり、ディズニー大好き!!!!!

ちなみにSNSでの初めましての人と一日一緒にいる(社交性の時に書いた)のも、
どんな相手とも一日をつくり上げることができる
という感覚で、適応性にも通じていると思う。


「運を味方にしてる」

ディズニーじゃなくても、
そんな感覚で普段過ごしているので
(特にビンビンに発動するのがディズニー)
友達と遊ぶ時も、最適解を常に求めている。

「食事を制するものは、一日を制す」

私と遊んだことがある人は、
この言葉を聞いたことがある人もいるだろう。
出かけた場合は基本10時〜11時には昼食の店に入るようにしている。
(モーニングや、待ち合わせが遅めの友達に会うなど、例外はある)

去年の夏休み、小柄仲間と遊んだとき、
こんなことを言われた。
「運を味方にしてる」
タイトルの言葉だ。
この言葉を聞いた時、すごく嬉しかった。
実際は「効率」を最重視した時にどうするのがベストか、
その時その時で考えて決めて突き進んでいるだけ。
結果的に運を味方にしている、という見方もできるのかもしれない。
非効率が苦手で、
遅く出発したり、取り組んだりして何もかもが後手にまわって時間を無駄にすることが嫌いなだけなのだ。

だから、外出先でのイニシアチブを自分が握りたい人は、
私と出かけることはおすすめしない。
私は「自分が舵をとれる状態」がめちゃくちゃ好きで、
その時は水を得た魚のように活躍する。
「自分、失敗しないので」
そんな気持ちすらある。
でも、誰かに舵を譲り渡すことは苦手というか、
サブ役になると自分がどうしていいかわからない。
ただ、非効率が嫌いなので、その場に詳しい人がいたら、譲り渡す。
ただ、同じフラットな条件(その環境に対する認知度が似たようなもの)の場合、自分が主導権を握りたい。
「適応性」が暴走すると、
周りの意見を聞かなくなるので、
日々こんな自分についてきてくれることに感謝しながら、だからこそみんなにとって最高の時間を提供したい。
(その行き先が「みんなにとって」最高なのか、そこも要注意だ。)


行き当たりばったり→行き当たりばっちり

考えてみれば、人生そのものにおいても「適応性」を発揮していた気がする。

現役で今の仕事に着任した時は、
人生の勝ち組だと思い込み、天狗になっていて、
担任もすぐに持てて2周とかして疲れたら子どもを産んで育児に入り、
また落ち着いたら教職に専念するんだろうなと思っていた。
でも蓋を開けてみたら、全然思った通りではなくて。
初任から4年間も担任も持たせてもらえないなんて。
その4年間で、病んでしまうなんて。
担任もたないまま家庭に入り、子どもを産むなんて考えてもみなかったのに。
現実とは、うまくいかないものである。

初担任が二児を抱えての状態とは夢にも思わなかったし。
10年越しに地元の県の教壇に立つなんて思ってもなかったし。
誰もが人生、思い通りにはならないのだろう。
でも側から言われるのは、
「にゃんちゃんって絶対計画通りに歩んでる感じだよね」。
いや、全然そんなことない。
病んだときは今の仕事に復帰しようなんて微塵も思ってなかったし、

全部一つ一つ行動して、今の自分が考えるベストだと思う選択をして、進んでいるだけで。

確かにそれを最終的に「正解」にしている感覚はあるが、
そんなに先が見えて計画的に歩めるほど、
自分は器用じゃないし先は見えていない。
まずは「進んで」みてから、そこにあるものを五感で感じ取り、次へ進む。
失敗もする。
でもその試行錯誤の時間も含めて楽しい。
そんな感覚でいる。
まさに「本能型」の人間だ。
(エニアグラムの話もいつかしたい)


風の時代、価値観の多様性に共感

「地の時代から風の時代へ」
価値観が固定化したものではなく、多様なものに変化する。
価値は定義として与えられたものではなく、
多様に変化し、
それを自分なりに模索していく。
(正直、何の見識もなく、
自分の「感覚」での風の時代のイメージを書いているので、定義と違ったらごめんなさい)

この感覚にとても共感している。
以前は、個性的な人を見ると、「えっ、やばい」みたいな
自分の社会のものさしに呑まれた感覚を心の中で押し付けていたけれど、
今は「よさがめっちゃ出てる!いいわー!!好きなもの好きって言えるの最高じゃん!」ってなってる。

前は、自分の感覚に対して未知なる「個性」の存在がこわくて仕方なかったけど、
今はそれが楽しめるようになった。

「資質上位って、最初からそれが楽しめるってことじゃないの?」

と思うかもしれないが、
人生の中で、その資質の感覚が「ふっと」新たに顔を出す時がある。
春先、雪の中から顔を出す、ふきのとうのように。
(小2の長男が、授業参観でそんな話読んでたなぁ)

またその資質との答え合わせのような感覚も面白いのだ。
自分の資質を知ることでの、新たな一面を認識した瞬間。
この瞬間は、たまらない。
(この自己理解にする発見の瞬間の楽しさについては、昨日の記事の最後に触れたのでぜひ最後だけでも目を通してみてほしい)

だから、今の自分は個性って面白いと思っているし、
その人の価値観や好きなものを知りたい、
その出会いを通じて新しい世界を見てみたいと思っている。


刺激のないコロナ禍が辛すぎた

ここまで読んでわかる通り、
「適応性」は「刺激」を喜ぶ資質である。
自分の場合、「非日常性」という刺激が強ければ強いほど、
また「新しさ、新鮮さ」があるほどに
意欲につながるわけだが、
その「刺激」を全て遮断されてしまったコロナ禍が本当に、本当に辛かった。
「コミュニケーション」など外交的な資質も上位で、「活発性」などアクティブさを求める資質が上位だったのもあり、
あの緊急事態宣言下の状況は、自分にとって精神的に本当に辛かった。
何の目的、目標も持てず。
子ども達と三人で、家に缶詰めの状態。
私のあらゆる資質が悲しみ、悲鳴をあげていた。
以下の記事の「子育てが全て悪いんじゃない」という節にもそれについて書いてある。

だから、
日々の中にも小さな刺激や変化を取り入れる
(×学習欲で本や動画から新しいことを知るなど。
散歩をして新しい道を歩んでみるなど)
ことで、自分の資質を満たし、活力につなげることが大切だ。

あの時は、閉所恐怖症の人が狭いところに閉じ込められた レベルで自分は辛かったと振り返る。
こうして過去のエピソードと資質の答え合わせができるからこそ、
同じ負の感覚に陥らないための対策も立てやすい。
もう、あの引きこもりを強いられるような経験は御免被りたいところだが。


まとめ

長くなってしまったので。
(思い入れの強い資質だったので、予想通り)

・「刺激・変化」が好きでそれをポジティブに取り入れ、
 その場その場のベストの状況を創り出すことができる
・自分が舵を握りたい
(苦手な時は舵を譲り渡す)
・体当たりでのトライアンドエラー

この記事を書いていて思ったのだが、
この資質で9位「調和性」ゆえの「平和主義」、
学校行事のドラマ性、3位「共感性」で負の感情を共有してしまうのが辛い
はカバーできないだろうか。
「刺激」が強すぎるということなのだろうか。

また、
1位「最上志向」×13位「慎重さ」で初対面への抵抗や人見知り意識が強すぎる、というのも
適応性の未知へのワクワクよりも慎重さが勝っていて不思議なのだが。

まだまだ、資質そのものやパターンの考察が必要だ。
だからこそ奥が深くて面白い!!!

この後、自己理解ジャンルのブログでは
上位資質残り11位〜14位と、
価値観について書いていきたいと思っています!
40日チャレンジは終わるけれど、まだまだがんばります。

今回も最後までお読みいただき、
ありがとうございました!

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