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人のせいにしたっていいから

「人のせいにしてはいけません」「あなたが選んだこと」
これに縛られてしまった、お人好しさんが、かえって そこから動けなくなってしまうなら、「人のせい」にすればいい。自分の中で。ワーワーと他の人たちに向けて言うのは いろんな意味で やめておくほうがいいだろうけれど。

「人のせい」にしたら「次に向かって進む」こと。
 これは、
「人のせい」にできず、自分を責めていて 「前に進めない」
                    という構図をひっくり返すということ。

辛いことを言われて その言葉に囚われて動けない。その上に、人のせいにしちゃいけない、それを言った人をいつまでも責めちゃダメよ、みたいなことを言われると、その辛いことを生きる人になってしまう。そんな 不幸なことになるくらいなら、

あんな辛いことを人に言う行為は許さん。許さない自分、とは、そういう辛いことをその人に言わせない自分。その人とは関わらなくていい世界にいる自分。

そういう自分を生きる。

まあ、そんな単純な話もないから 立ち直るのに時間がかかるんですが。
言われたことが、自分でどうしようもないことだったり、相手にされたことを発端に起きたトラブル等によるダメージがとてつもなく大きいこともあるし。

それでも「あの人のせいだ」って思っちゃっていい。あの人のために、こんなことになったけれど、その、あの人がしてしまったことの後始末を私はしている。私一人が悪いのではない、と。
つまり、自責の念の軽減。
私は、自己責任という言葉が、時々 大嫌いだと思う。ただでさえ、お人好しが多いのに、お人好しだったために被った出来事を自己責任で片付けてしまうって よく考えたら、怖いことだ。

本当に、したらいけないことをしてしまった時に、誰かのせいにしたら、格好悪い。でも、人の話を聞いていると、あなたがそれをしてしまった背景には、その原因を作ったにも関わらず罪の意識も持たずに、のうのうと自分の暮らしを楽しんでいる人がいるよね、でも、あなただけが苦しんでいるのだね、ということが、まあまああったりする。

そういう時は、自分の中で、その人のせいでこんなになった、私一人がわるいのではない、私も私で 自分の人生を歩もう そう思っていいのだと思う。

最後にもう一度 言うと 「誰かのせいにしていい」って思わなくてはいけないほどの事態って 本当に ここに書いたほど 単純なものではない。いろいろなものを背負ってしまって、身動きが取れないほどになっていることも少なくない。

それでも せめて 自分は自分のことを支えてあげなければ、本当に 一歩も進めなくなってしまうのだ。ここにいる自分を全面的に悪者にせず 寄り添ってあげられるのは、結局自分だけなのだから。そう 孤独。
孤独だからこそ、自分を責めずに 自分のできることを ひとつひとつしていくしかない。

私も 今 できることを一つひとつ 積み重ねていこうと思う。
一緒に 進んでいこう。

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