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【宝石箱の中身】やっと戻ってきた

急に「これ、あなたのよね」って声をかけられた。
電話を受けた時のメモを置きっぱなしにしていた。
「あ、ありがとう」と受け取ったら、「いえいえ」と にこっと笑って去っていった。

ん。なんだ、この感じ、懐かしい。

そうか、やっと戻ってきたんだ、あの人が。

どんどん顔色が悪くなっていって、言葉数も減っていった彼女。
いつの間に、あんな暗い顔の人になったんだろう。険しい表情を見せるようになったんだろう。もうずいぶん長い間、笑った顔を見ていなかった。
声を掛けられるのも嫌だった。返事をするのも辛くなるくらい、重い低い声でいるように感じた。
もしかしたら、自分のせいだろうかと思っては打ち消した。

今、彼女は 心から笑っていた。目が優しかった。
でも、今日だけかもしれないな、と思うことにした。
次の日も、柔らかい表情で、誰かと話している。何人も彼女のところにいって、楽しそうな声で話している。
自分も、用があって、声をかけてみた。
振り返った顔は、懐かしい、かつての彼女だった。

やっぱり戻ってきたんだ。
もう、会えないと思っていたのに。
何かきっかけがあったんだろうか。


実はわかっている。彼女がいつも低い声で話していたわけではないことを。
彼女の表情が曇り始めたころも。
険しい声を向けられていたのは、恐らく自分だけだということも。
でも、彼女が立ち直るきっかけになることなんて、自分はしていないし、むしろ邪険にあしらい続けた。突き放した。

では、なぜ彼女は 今笑っているんだろう。
わからないけど、とりあえずほっとした。
笑っている彼女を見ていたいだけだ。
自分のことを今さら振り返るなんて 嫌なのだ。
このまま笑っていてほしい。
笑っていてくれるなら、私は彼女のためにできることを何でもする。
笑っていてくれるなら。

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