スイカと「分散型リーダーシップ」
「リーダーシップ」という言葉を聞いてパッと思い浮かぶのは、戦国時代の武将とか、ベンチャー企業の経営者とか、スポーツの強豪チームの監督などが一般的だろう。カリスマ性や権威のある強いリーダーが、トップダウンで指示を出し、他の者はそれに従うという姿である。
だが、これは「階層的リーダーシップ」と呼ばれるもので、リーダーシップの一つのかたちに過ぎない。
一方、最近の研修などでよく耳にするのは、「分散型リーダーシップ」というものである。こちらの場合は、組織の目標を達成するための行動そのものがリーダーシップだと見なされる。したがって、リーダーが固定されているわけではなく、誰かがリーダーシップを発揮しているときには、他の者がリーダーをフォローし、その立場は流動的に入れ替わっていくのだ。
学校でいえば、校長や教頭などの管理職、教務主任等のミドルリーダーだけではなく、全ての職員がリーダーシップを発揮しているのが「分散型リーダーシップ」による組織だということになる。
「そうは言っても、さすがに全員がリーダーっていうのは無理でしょ」という声が聞こえてきそうだが、けっしてそうではないのだ。
私がそれを実感したのは、3年前のことだった。
・・・今から3年前の2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、3月から5月にかけて全国の学校が一斉に「臨時休校」になった年だった。6月から学校は再開されたものの、行動面での様々な制約があったり、多くの学校行事が中止になったりして、子どもたちは大きなストレスを抱えていたと思う。
学校では、「コロナ禍の状況であっても、子どもたちが充実した学校生活を送れるように最善を尽くしていこう」という合言葉のもとに、様々な工夫をしながら教育活動に取り組んではいたが、やはり限界も感じていた。
そんなとき、嘱託の用務員であるAさんがある行動を取った。それは、昇降口の近くにある花壇でミニ・スイカを育てることだった。
園芸が趣味だったAさんは、以前に勤めていた学校でもスイカを育てた経験があった。そして、子どもたちがその成長に強い興味をもつだろうということもわかっていたのだ。
結果は、Aさんが予想したとおりだった。
最初はゴルフボールぐらいの大きさだったスイカが、日に日に大きくなっていく様子を見ることが、子どもたちにとって毎日の楽しみになっていったのだ。一つ一つのスイカに名前をつける子もいたし、毎日のように定規で「身体測定」をする子もいた。不登校気味だった子どもが、スイカを見るために毎日学校に来るようになったという話も聞いた。
・・・学校でスイカを育てるという行動は、些細なことかなのもしれない。けれども、それは間違いなく「コロナ禍の状況であっても、子どもたちが充実した学校生活を送れるように」という学校の目標を達成するための、Aさんによるリーダーシップだったといえる。
・・・蛇足だが、上の4枚の写真は、収穫したスイカの一部を「テレビ朝会」でお披露目したときの様子である。全校を代表し、校長としてスイカに包丁を入れさせてもらった。
ちょうど『鬼滅の刃』が大ブームだったこともあり、
「全集中、水の呼吸!!」
と叫びながら切ってみせたので、教室で視聴していた子どもたちには大ウケだったようである。
だが、自信をもって「これが校長としてのリーダーシップだ」とは言いづらい。少なくとも、Aさんには全く勝てないだろうと思うのだ。
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