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「納得解」を求めて

 今から20年ほど前のことだ。
 私の知人が勤めていた市立小学校のすぐ隣には、同じ市立の中学校があった。
 ある年、両校の教職員の間で、
「小学校の運動会と中学校の体育祭を合同で開催できないだろうか」
 という話がもちあがった。
 それまでも隣同士の学校ということで交流が盛んだったことに加え、どちらの学校も小規模校化が進んで運動会や体育祭に盛り上がりが欠けてきたという事情もあった。話はトントン拍子に進み、翌年から小中学校合同の運動会が開催されることになったのである。

 初めての合同運動会は、予想以上の大成功となった。小学校の関係者は中学生の演技や競技の迫力に驚き、中学校側は小学生のかわいらしさや真剣な姿に目を細める。とりわけ、小学1年生から中学3年生までの選抜選手による「4チーム対抗・縦割りリレー」は、第1走者の小1からアンカーの中3まで抜きつ抜かれつの大接戦となり、子どもたちはもちろんのこと、参観している保護者や来賓も含めた空前の大声援に包まれた。

 運動会が終わってしばらく経ってから、中学校の教職員の間では「合同運動会を経験して、生徒たちがやさしくなった」ということが話題になったという。小学生と接することで、他者を思いやる心情が育まれたのだろうと、中学校の関係者は感じていた。
 また、どちらの保護者にもこの合同運動会は大好評で、学校評価のアンケートには「来年度も、ぜひ合同運動会を続けてください」という回答が数多く寄せられたという。

 だが、この合同運動会は3年ほど続いたものの、結局は元のかたちに戻された。
 その理由は、小学校の教職員から、
「中学生と一緒だと、6年生が育たない」
 という声が出たからだという。
 ・・・たしかに、一般の小学校の運動会では、6年生が応援団長、リレーのアンカー、放送係や用具係などのリーダーを任され、その活動を通して成長をしていく姿が見られる。中学生が一緒だと、そういう機会は減ってしまうだろう。
 けれども、小学校の教職員全員が合同運動会に反対をしていたわけではない。
「6年生のリーダーシップは、ほかの行事も含めた教育活動全体で育てることができる。運動会ぐらいは合同でもいいのではないか」
 という意見も少なくなかったそうだ。
 それでも、他校から異動してきた新しい校長の「鶴の一声」で、元に戻すことが決まったという。


 教育活動において、
「A案は100点、B案は0点」
 になることは稀であり、その多くは、
「A案は75点、B案は78点」
 というようなケースだろう。コロナ禍以降は、こうした「どちらが正解なのか判断に迷う」場面がさらに増加していると思われる。

 それでも、学校には様々な問題を判断していくことが求められている。そうであるならば、十二分に議論を尽くして、
「どちらが正解なのかはわからないが、少なくとも納得はできる」
 という「納得解」を探していくしかないだろう。

 そして、「鶴の一声」はけっして「納得解」にはならないのである。

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