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【読書ノート】宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』

「エージェンシー」とは?

 情報化やグローバル化が急速に進展し、世界は目まぐるしく変化をしている。新たな課題が次々と立ちはだかるなかで、子どもたちにはそうした社会を生き抜き、持続可能な世の中を創るために必要な力が求められている。

 その一つとして注目されているのが「エージェンシー」だ。

 これからの社会を生きる子どもたちに育成をしたい力については、OECD(経済協力開発機構)が中心となって国際的な検討が行われているが、2019年5月に発表された「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」のなかで中心的な概念として示されたのが、この「エージェンシー」である。

「ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)」のなかで、「エージェンシー」は「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力(the capacity to set a goal, reflect and act responsibly to effect change)」と定義されている。

 予測が困難な状況を乗り越えていくためには、
○結果の予測(目標設定)
○目標実現に向けた計画立案
○自分が使える能力や機会の評価・振り返り、自身のモニタリング
○逆境の克服
 などの能力が不可欠である。「エージェンシー」はこれらの力を総合した「よりよい未来の創造に向けた変革を呼び起こす力」だとされているのだ。


主人公・成瀬あかりの「エージェンシー」

 本作『成瀬は天下を取りにいく』の主人公である成瀬あかりは、まさにこの「エージェンシー」の持ち主だと言えるだろう。

 6つの短編からなる本作には、琵琶湖で名高い滋賀県大津市を舞台に繰り広げられる、主人公の中学2年生から高校3年生にかけての4年間の騒動が描かれている。

 中2の夏休みの間、閉店が決まった地元のデパートに毎日通い詰めた成瀬は、続いて「お笑いの頂点を目指そうと思う」とM−1グランプリへのエントリーを決める。

 コロナ禍にも女子中学生特有の同調圧力にも屈することなく、自分がやりたいことに向けて邁進する彼女の姿勢は、高校進学後もぶれることがない。

 6つの短編のうち最後の1編以外は、成瀬の幼馴染である島崎をはじめ、関係性が異なる様々な人物の視点から描かれている。

 そのなかには、成瀬に対して反感を抱いている者も含まれているが、そんな人物であっても、成瀬の企画力や行動力、修正力には脱帽せざるを得ない。

 また、一見すると自分勝手のように思われる成瀬の行動も、実は彼女の信念や地元への愛に裏打ちされている。そのエネルギーによって誰もが彼女から影響を受け、巻き込まれていってしまうのだ。

 けれども、成瀬はけっして自己中心的な人間ではない。また、学習や部活動、各種コンクールなどでその高いスペックを発揮してはいるが、だからと言って完璧な存在でもない。

 唯一、成瀬自身の視点から描かれる最後の6編目には、幼馴染の島崎が東京へ引っ越すことを知って動揺し、不安に苛まれる彼女の姿が描かれている。

 そんな一面があるからこそ、成瀬には一層の「エージェンシー」を感じてしまうのだろう。


 小説の登場人物であるとはいえ、こうした「エージェンシー」がある若者の姿には将来への希望を感じることができる。

 問題は、成瀬あかりのような人間を、果たして学校教育のなかで育てることができるのだろうか、ということなのだが。

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