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「江戸しぐさ」の顛末

 「江戸しぐさ」というものがマスコミ等で盛んに取り上げられたのは、2000年代半ばのことだった。

 この「江戸しぐさ」は、江戸時代の町人たちが行っていた日常生活のマナーだとされ、代表的なものとして次のような例が挙げられていた。

傘かしげ:雨の日に互いの傘を外側に傾け、濡れないようにすれ違うこと。

肩引き:道で人とすれ違うとき、左肩を路肩に寄せて歩くこと。

こぶしうかせ:一人でも多くの人が座れるように、みんなが少しずつ腰を上げて場所をつくること。

うかつあやまり:たとえば相手に自分の足を踏まれたときに、「すみません、こちらがうかつでした」と自分が謝ることで、その場の雰囲気をよく保つこと。

 一人ひとりがこうした思いやりのある行動を取れば、争いごともなくなり、過ごしやすい世の中になるはずだということで、一時期、この「江戸しぐさ」は教育現場にもかなり浸透していた。いくつかの教科書に掲載されていたこともある。

 しかしその後、多くの歴史学者や江戸文化の研究者などから「江戸しぐさ」の存在自体に疑問が呈されたのに対して、推進派からは明確な反証がなかった。そのため、現在では「江戸しぐさ」は架空のもの、偽史だというのが定説になっている。そして、いつしか人々の記憶から消え去っていた。

 ・・・と思っていたのだが。

 どうやら、消え去ってはいなかったようだ。

 この記事によれば、今でも「江戸しぐさ」のことが小中学校の授業で取り上げられたり、学級だよりや校長の挨拶などで紹介されたりしている例があるのだという。

 記事には、
「『歴史的根拠がないものを広めてやろう』などといった悪気があるわけではなく、ちょっといい話、あるいはマナーを大切にしましょういう実例として使うケースがほとんどだと思う。」
 とあるが、おそらくはそのとおりだろう。

 けれども、情報をアップデートすることができていないのであれば、学校教育に携わる者として大きな問題である。

 「ちょっといい話」「マナーを大切にしましょうという実例」を紹介したいのであれば、江戸時代の架空のエピソードに頼るのではなく、最近の実話から引用するべきものだろう。

 最近の実話の中にそれが見当たらないというのであれば、また別の問題なのだが。

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