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「値上げ」は正義

このノートでは「値段」の話を書きます。さらに踏み込むと、「値上げしよう」、という話を書きたいと思っています。「価格決め」は、ビジネスにおいて最も重要なトピックですが、大学時代に勉強した「需要曲線と供給曲線」以来ほとんどのビジネスパーソンが体系的に勉強することがない人が大半で、明らかに知識が足りていない領域だと考えています。

所属していたP&Gですら、「価格」に関して、部署を越えたチームが共通の見解をもってプロジェクトを進めることは困難でした。営業はなるだけ安い価格にして押し込めるだけ押し込みたい一方で、ファイナンスは収益性などから高価格化を狙います。

それでも、あえて僕は「値上げこそ正義だ」という立場をとってこのnoteを書きます。

断っておくと、僕は企業と日本の総論として「値上げこそ正義」という立場を取ります。例えば、「コロナで収入が減って苦しんでいる人もいるのに不謹慎な」といったようなミクロレベルでの各消費者の心理状態を考えるものではありません。また、総論として値上げが正義でも、各論では値下げが正義の場合もあるし、個社ごとに状況が異なることは理解していますので、くれぐれもご了承ください。

では始めましょう!


1. なぜ日本は値上げしなければならないのか?

値上げのダブルパンチ効果

利益を因数分解してみると、以下のようになります。(ここでは、とりあえず粗利だと思ってください。)

利益=売上(=客数×購入頻度×購入単価)×利益率

「利益の(永遠の)成長」こそが株式会社の大きな目的だと捉えた時に、何を伸ばしていけばいいでしょうか?特に、日本という閉じられた系で考えた時に、何が成長ドライバーとして長期に渡って寄与できるでしょうか?

日本全体でみると、この中で長期的に伸ばしていくことが出来る要素は「購入単価」と「利益率」しか存在しません。なぜなら、人口が根本的に減っていくからです。つまり、「成長」を目的と考えた時に、本質的に日本に残っている打ち手はこの二つ以外には存在しないのです。

ここで、購入単価と利益率は独立の変数ではありません。購入単価を上げると、当然利益率が改善します。利益の成長というものを最重要KPIとしてとらえれば、ダブルパンチで効果が出てくる購入単価の改善=値上げは、必須条件だと考えています。

値下げという麻薬

前に述べた通り日本というマクロでみると、実は利益の拡大=付加価値の拡大=GDPの拡大をするためには、値上げ以外に道がありません。にもかかわらず、実際に各企業レベルのミクロで見ると、値下げはそこかしこで起こっています。

一番大きな理由は、「客数」を増やす最も簡単に思える手段だからでしょう。日本全体では全体的な「客数」が減っていたとしても、各企業のシェアが100%に達していない状況下では、競合他社からお客さんを引っ張ってくることで、短期的に「客数」を増やすことが出来ると考えるのです。

すき家が値下げすれば、吉野家や松屋からお客さんを取れるかもしれない。それは、短期的には売り上げの強いドライバとなり得ます。

とはいえ、これは沈みかかっている船で必死に沈んでいない方に向かってダッシュしているようなものです。結局日本国全体としての国民の食事回数は決まっているわけで、人口減少に伴ってそれが減っていけば、シェアを多少取ったとしても、長期的・永続的な成長には寄与しづらいのは自明でしょう。

また、日本全体の立場から見ると、結局価格を落としてシェアゲームをしているだけなのでGDPの成長には寄与しないことになります。むしろ、付加価値の創造からは逆方向の動きとなります。まさにこれこそが、バブル崩壊以降日本を襲ったデフレ不況です。

「自分たちだけは助かろう!」という各企業の必死の選択が、他の企業をも値下げ競争に走らせた結果、船全体が沈んでいることに目をつぶり、気が付いたら今日のような状態になっていた、ということです。

2. 消費者にとっても値上げが必要

結局値上げの最終受益者は消費者

「企業は利益を上げたいから値上げしたいだろうが、購入者の立場になったら値段が安い方が良いに決まっているじゃないか」という声が聞こえてきます。そりゃあもちろん、同じものを買うなら、安い方が良いに決まっていると、僕も思っています。

それでも僕は、「値上げによる最終受益者は消費者なのだ」と声を大にして言いたいと思います。

なぜなら、値上げによって高利益を実現した企業は、その利益をイノベーションという形で世の中に還元し、より豊かで便利な消費者の生活を実現するからです。

バブル崩壊以降の30年間、日本から革新的なイノベーションが生まれたでしょうか?イノベーションの中心は、完全に、日本からアメリカや中国に移ってしまいました。全てがデフレ競争のせいだとは言いませんが、本来イノベーションという形で長期に渡って消費者に返すべきお金を、値下げという形で短期的なシェアゲームに使ってしまったことで、とことん企業の体力が落ちてしまった、という側面が非常に大きいと思っています。

また、値下げを実現するためのコストカットに会社としての優秀なリソースを割いてしまったことも、イノベーションを生む土壌を作れなかった原因かと思っています。

利益が出る→イノベーションにお金をかける→生活が便利になって生産性が上がる→さらに利益が出る

この消費者と企業の間のポジティブループを作るためにも、値上げするということが、議論の起点となるべきなのです。

本当に値段のせい?

売れないから値下げする、という話をよく聞きます。これはあまりにも乱暴に売れない原因を考えているように思います。

ものすごく大雑把に大別すると、商品を見た時の人々の心の変化は以下の三つに分類できます。

1. 必要ない
2. 必要だけどモノはなんでもいいから安いのを買う
3. 必要だしこれじゃなきゃだめだから高くても買う

値下げ、というアクションは、自分たちの商品が売れていない理由が、2の時だけ機能します。つまり、商品がコモディティ化していて差別化できず、一番安いオファーを出した人が勝つような業界においてです。

ですが、よくよく考えれば、企業が努力しなければならないのは、如何にコモディティから脱却して3の商品に移行するかのはずです。これこそがまさにマーケティング活動そのものであり、値下げして値段で売るというのはこのマーケティングを放棄していると言わざるを得ません。

そういう意味でも、本当の意味で値下げがクリティカルな打ち手になっているケースは実際には極めて少なく、値上げしてでも売れるようなPOD(Points of difference、競合差別点)を作り、その便益で消費者を満足させる、という必要があると思っています。

3. Appendix iPhoneの価格

今現在世界で最も時価総額の高い企業、Apple。そのAppleの中でも最も主力となっている商品はなんといってもiPhoneです。以下のグラフは、iPhoneの2011以来の価格の推移です。

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これを見ると、同じサイズのラインナップで、iPhoneはほぼ2011年以来倍近くの値段になっていることが分かります。アメリカのインフレ率が過去10年だいたい2%前後であることから考えても、iPhoneの付加価値の伸びが如何にすさまじいかを物語っています。

これでいて、iPhoneは毎年過去最高の利益を更新し、時価総額は9月にApple1社で200兆円を超えるなど、とんでもないパフォーマンスを見せています。

顧客を満足させるブランドパワーがあってこそのことではありますが、まさに如何に値段を上げても客数を落とすことなく、ビジネスを伸ばし続けることが出来るかを物語っていると思っています。

次回は、「強いブランド」に関して書こうと思います。

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