箇条書き日記

 もう長いこと海を見てない、海が見たい。



カミングアウト

 カミングアウトという言葉を、ちょっと秘密を曝け出しちゃうこと、くらいのニュアンスで使いたくない。カミングアウトという言葉が辿ってきた歴史を知っているから、私みたいな人間が軽々しく使っていいとは思わない。誰かが軽々しく使っているのを見ることも、決して気持ちのいいものではない。


外国人の店員

 朝早く訪れたコンビニで、外国人の店員さんが揚げ物をしていた。そこに五十代くらいのマダム店員さんが勢いよく来て、「◯◯くん、今日ハムカツ揚げないよ!」と、言った。

 外国人の店員さんは、動揺していた。そして「もう揚げちゃったし、仕方ないかぁ…」と、優しく言われていて、バイト入りたての頃の自分を思い出した。店員さん、落ち込まないでくれ〜。


無洗米

 まず、お米って安すぎる。あれだけ入っていて、二千円しないのである。安い。

 無洗米って、洗わなくても炊けるお米らしい。それって、すでに洗ってあるってことだから、もはや「洗米」じゃないか?

 意味が分からない。


コロコロ六太

 漫画『宇宙兄弟』に、南波六太(ナンバムッタ)という人物が出てくる。彼は嫌なことがあると、テレビを点けて、ラジオを流し、新聞を読み、あっちへコロコロ、こっちへコロコロ、興味のない情報をひたすら頭に詰め込む(通称、コロコロ六太)。詰め込むことで、何かを考えないようにしているようだった。

 初めて読んだ当時は、変な人、と思っていた。今では六太の気持ちが分かる気がする。私も日常に嫌なことしか起きないので、タブレットで好きな映画を再生して、スマホで好きなラジオを流し、好きなゲームを同時にしている。興味のない情報ではなく、好きな情報で自分を埋め尽くして、嫌な現実から逃れようとしている。多少は、気分が楽になる。直視しないため、逃れるために必要なのである。


日本語 創作

 私の考える文章や文芸なんて、日本語の分かる一億数千万人にしか届かない。地球の全人口の、だいたい七十分の一くらいである。こういうことを考えると、何のために何の努力をしているのか、分からなくなる。無理に努力をしているつもりはないが、何も考えずに脊髄反射で物事を書いている訳でもない。

 全世界の、七十人に一人も届く可能性があるとしたら、それはすごいことかもしれない。それでも、英語が私の母語だった場合のことを考える。反対に、もっと使用者の少ない言語で、自分のわだかまっている感情を表現した人は、どんな気持ちでその作品を作ったのだろう。その人は、その言語しか手段として手に取れなかったのかもしれないが。


ボルゾイ企画 『のび太のバイオハザード』実況について

 ボルゾイ企画という人たちがいて、もはや分かる人にだけ分かってもらえたら構わない。「ゲーム実況」というジャンルが今のように完全に確立される前に、ゲームを遊ぶ動画を投稿していた人たちである。私は小学校低学年の頃から、彼らが好きである。

 先日、彼らが(著作権関係の問題で)過去に消してしまった「のび太のバイオハザード」というゲーム(バイオハザードの、ドラえもんの世界バージョン)の実況動画を、たまたまインターネットの海で見つけ上げてしまった。手段が手段なので、見ていいものか憚られたけど、見てみたいという欲求には勝てなかった。

 ボルゾイ企画の「のび太のバイオハザード」の良いところは、実況をしている二人のバランスである。操作をするビビりな「がみ」と、その傍らでメモを取ったり助言をしたりする、笑い上戸な「ふひきー」のバランスが良い。

 そして何より、計画性もなく、ぶっ続けで実況動画が撮られている点が良い。彼らは撮影をする時間のことなんて、細かく気にしていない。現在のいわゆるゲーム実況は、「ゲーム実況」をするためにゲームを遊んでいる印象がある。挨拶をして、チャンネルの告知をして、「ゲーム実況」を撮影している。彼らはそれとは異なっていて、まず対象のゲームがやりたいからやる、結果としてそれがゲーム実況になっている、というような構図である。

 挨拶もほどほどにゲームを始めて、謎解きが分からないんで終わります、眠いんで一回寝ます、と、ブツっと動画が終わる。視聴者に見せるショーではなく、彼らが純粋にゲームに取り組んでいる姿を、録画して見せてもらっている感覚になる。私はこの感覚が大好きで仕方ない。サムネイルも凝られていない、字幕もない。ただただ二人が、雑談をしながら協力して、ゾンビを倒し続ける動画である。大好きである。

 そのため、夜に撮影が始められた「のびハザ」実況も、パート数が進むにつれて丑三つ時になり、朝方になり、眠気が襲ってきて二人の思考が鈍くなる。その生々しさが面白くて、二人の人間性が見えてくる良い点である。ふひきーが朝食を作りに行ったり、ペットボトルの水をガブ飲みしたり、がみが謎解きが解けずに投げ出しそうになったり、と、二十代前半の人間の「生活」がある前提で、傍らに「のびハザ」があるという雰囲気が、好きで好きでたまらない。

 ツクール製のゲームをやらせたら、この二人に勝る人間はいないだろう。ボルゾイ企画、というより「がみ」と「ふひきー(現在は、稲葉百万鉄に改名)」の二人の実況動画の中で、一番オススメなのが、この「のび太のバイオハザード」である。もう、公の場で観られる機会は二度と来ないんだろうな。


M-1

 M-1グランプリ2023を、観ました。素晴らしい。お笑いのある世界に生まれてきてよかった。


東京・自死

 一人暮らしを始めてから、日常に忙殺されすぎていて、死にたいと思ったことが、ほとんどない。

 実家にいた頃は、お金はあったけど無駄に時間もあって、考え事をし始めると止められなかった。陰鬱な私にとって、全ての考え事の結論は死ねば楽になる、だった。

 良いことか悪いことか分からないけど、東京に来てから、目まぐるしいくらいに日々が忙しい。環境が変わって、望んでいた世界に飛び込んで、挫折して、嬉しいこともあって、つらいことの方が多いけど、生きている感じがする。

 大学生の頃って、コロナ禍が直撃したってこともあって、生きているのか死んでいるのか分からないような日々を、送らざるを得なかった。部屋に閉じこもって、ただただ、エンタメや音楽や文学を「消費」することしかできなかった。

 それと比べたら、今の日々は望んで入った世界のはずで、あの頃よりマシなことは間違いない。それでも、お金がないのはつらいです。いつまで、具なしのお好み焼きを食べればいいんだろうね。





小林優希

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