人生は死ぬまでの暇つぶし
この文言は、みうらじゅんさんが吐いた言葉。らしい。
人間を含む生物なんて個々にそれほど大きな差がある訳じゃなく、一生懸命に生きているだけの存在だと思うのだ。
人間が他の生物と違うのは、「思考」したり、「感情」によって判断を狂わせたり、物事について個々に「解釈」したりすることくらいじゃないかと思うのだ。
洗脳の道具として有名なテレビジョンでは、「神ってる」とか「天才現る」とか、チープな言葉が乱舞している。
前にも述べたが、ぼくは無心論者で、「神は死んだ」のニーチェが好きで、「神は細部に宿る」という言葉の方がしっくりくるタイプの人間だ。
細部にこだわるマネジメントをしたのはスティーブ・ジョブズ。
ここ数年、彼の所業に思いを馳せるうち、彼もそれほど大した人間じゃないと思えるようになって来た。
ジョブズがもう一人のスティーブ、ウォズニアック(ウォズ)より優っていたのは、おそらく製品の完成形をイメージする力や、熱意などの計りにくい要素であったに違いない。
ウォズに言わせればジョブズはコードは1行だって書けないし、回路図だって読むことも書くこともできない。皮肉を込めて「金の匂いには敏感だった」なんてことも言っている。
ぼくは一応コードも(少しだけ)書けるし、回路図だって多少は読み書きできる。
東洋人なので「禅の精神」もある程度知っているし、侘びも寂も何と無くだが理解できる。
その気になればきっとジョブズは超えられる。彼はもうこの世の中には存在しないのだから、それは全然難しい事ではないと思うのだ。
今から2年前、ぼくは死にそうな体験をしてそこから何とか這い上がった。
その時ぼくを支えてくれたチームの仲間はそれぞれ全然違う場所にいて、それぞれ似て非なる業務をこなしている。
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全然違う話だが、今日の「半分、青い」で仙吉(中村雅俊)さんが放った一言は興味深かった。
「スズメ、実は人間はいつまで経っても大人になんてならんのじゃ。そやろ、幾つになってもほめられたいし、認められたいし、お金は欲しい。」
うん、そうやな。大人になんてなってもならなくても良い。初心忘るべからず、いや、童心忘るべからず、なのかもしれない。
ある程度頑張って、自分なりの『仕事観』みたいなものを見つけてしまえば人生なんて楽勝だ。
ぼくも思う、「人生なんて死ぬまでの暇つぶし」だと。
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